第388話:「第2回公国議会」
第388話:「第2回公国議会」
エドゥアルドにとっての仕事は、平民を士官学校へと入校させることだけではなかった。
ノルトハーフェン公国で行われた選挙によって選ばれた議員たち。
彼らを、国家元首であるエドゥアルドの名で招集し、第2回公国議会を開かなければならなかった。
なぜならそれは、エドゥアルドが議会制度を開始するのに当たってノルトハーフェン公国の国民と交わした約束だからだ。
査問会の関係で遅れてしまったものの、こうして開かれた第2回公国議会では、激しい議論が交わされた。
それは、混乱とも形容するべき様相だった。
まだ産声をあげたばかりの議会制度は、その制度自体が未完成だった。
遠い昔に開かれたことのある議会制度に似た三部会という制度を参考にして始まりはしたものの、議会運用についての明確なルールや法整備さえなされてはいない。
第1回でも激しい議論はあったが、初めてということで皆にたどたどしさがあった分、皆に遠慮があった。
しかし、2回目ということ、そしておよそ1年という準備期間があったことから、今度の議会は白熱したものとなった。
議員同士の論戦の場で双方が感情的になり、乱闘騒ぎに発展して、警護の兵士たちが割って入って辛うじてその場を収めるという手荒な事件さえ起こった。
だがそれでもエドゥアルドは議会を閉じることなく続けた。
それが国民と交わした約束であるというだけではなく、過激になる場面もあったが、議員たちと意見をぶつけ合うことに充実感を覚えてもいたからだ。
それは、カール11世がエドゥアルドの意見を採用してくれたという嬉しさにもつながっている感情だった。
ここでこうして多くの人々と論議し、形作られた新しい意見もきっと、無駄にはならない。
ノルトハーフェン公国を、そしてタウゼント帝国を今よりも良いものとしていく役に必ず立つはずだ。
今のエドゥアルドは、そう信じることができるのだ。
そうして、第2回公国議会は熱狂と共に、試行錯誤されながら進んで行った。
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公国議会が開かれるようになると、エドゥアルドは多忙になり、出かけていることが多くなった。
その間も彼に仕えているメイド、ルーシェには多くの仕事があったから暇な時間などほとんどなかったが、彼女はなんとなく、寂しさのようなものを感じていた。
「エドゥアルドさまは、いつお戻りになるのかな……」
ルーシェはエドゥアルドの帰りを彼の執務室で待ちながら、物憂げなため息を吐く。
トローンシュタットから帰って来てからすでに1か月近くも経っているのだが、こんな日が続いているのだ。
メイドが立ちっぱなしでは余計に疲れてしまうだろうからとエドゥアルドが用意してくれたイスに腰かけている彼女の足元には、1匹の犬がうずくまっていた。
ルーシェがスラム街にいた時からの家族、バーニーズマウンテンドッグという種類のオス犬、カイだった。
彼はわずかに舌をのぞかせ、へっへっへ、と呼吸しながら、黙ってルーシェの顔を見上げている。
当たり前のように予定の開催時間をオーバーして議会が続けられているためになかなかエドゥアルドが帰って来ず、そのために孤独感とやりがいの無さを覚えているルーシェを慰めようとしている様子だった。
「お前はいつもいい子だねー、カイ」
カイの優しさを感じて嬉しそうに微笑んだルーシェは、手をのばしてその頭をなでてやる。
するとカイは心地よさそうに、もっと、もっととねだるように頭を押しつけて来る。
「それに比べて、オスカーは」
やがて顔をあげたルーシェは、少しだけ頬を膨らませ、カイのように自分の側にいてくれないもう1匹の家族の名を呟いた。
オスカー。種類は不明の、ダークグレーの毛並みに金色の瞳を持つオスネコ。
彼はカイよりも長いつき合いであり、ルーシェにスラム街での生き方を指南してくれた兄貴分のような存在でもある。
どこを探せば食べ残しが見つかるか、安全に眠ることができる場所はどこにあるのか。
母親を亡くし、わずかな財産も奪われて途方に暮れていたルーシェを発見したオスカーは、彼女に生きる術を教えてくれた。
出会った頃はまだ子犬だったカイを見つけてきたのも、彼だ。
カイは素直で優しい性格をしていたが、オスカーはふてぶてしい性格をしている。
今は新たな住処となったヴァイスシュネー周辺に暮らすネコたちのボスという立場を獲得して、いつも我が物顔で公爵の家を練り歩いている。
彼は休む時は必ず部屋に戻ってきてルーシェと一緒に眠るのだが、メイドが寂しさを覚えていても、カイのようによりそってくれることは滅多になかった。
そういうのは自分の役割じゃない、とでも言いたそうな顔で、名前を呼んでもツンとそっぽを向いてどこかへ行ってしまうのだ。
ただし、彼の好物をルーシェが持っていた場合はのぞく。
「はぁ……。早く、エドゥアルドさまはお帰りにならないのかしら」
どんなに願ってもこちらの思い通りに動いてはくれないオスカーはひとまず忘れることにしたルーシェは、空席となっている公爵のイスへちらりと視線を向け、それからまた、物憂げにため息をつく。
カイが突然耳をそばだて、立ち上がったのはその時だった。
「カイ? どうかしたの? 」
その様子に気づいたルーシェが視線をカイへと向けると、彼は執務室の出入り口の方へ身体を向け、嬉しそうに左右に尻尾を振っている。
それで、ルーシェにもなぜ彼が突然立ち上がったのかが分かった。
そしてそれを理解できた瞬間、彼女も嬉しそうな笑顔を浮かべ、ぴょん、と跳ねるようにイスから立ち上がって、普段からのクセで音を立てないように扉の近くへと駆けよっていく。
ルーシェが居住まいを正し、カイがその足元でお行儀よく座るのと、扉が開かれるのは同時だった。
そして姿をあらわした少年公爵、激しい論戦を行ってきたせいかやや疲れてはいるものの、やりきったという充実感に満ちた表情をしていたエドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンは、入ってすぐの場所でメイドと犬が待機していたのを見て少し驚いた顔をする。
「おかえりなさいませ、エドゥアルドさま! 」
だが、ルーシェが満面の笑顔でそう言って一礼し、カイがワン! と軽く吠えて出迎えると、エドゥアルドも笑顔になってうなずいていた。
「ああ、ただいま、ルーシェ、カイ! 」




