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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第17章:「詰問状」

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第378話:「魔法の一言:4」

第378話:「魔法の一言:4」


 [今のところは]。

 その、エドゥアルドが敢えて強調したその言葉を耳にしたベネディクトとフランツは、一瞬、面食らった顔をする。


 それから、不愉快そうな憮然とした表情を浮かべていた。

 エドゥアルドの含みのある言い方に、その魂胆が何であるかをすぐに理解できたからだ。


 エドゥアルドは、ベネディクトとフランツを天秤にかけたのだ。


 皇帝選挙では、どちらか一方にしか投票することができない。

 では、どちらに投票するのか。


 それは、これから提示される条件次第で決める。

 より良い条件を示して来た方に、エドゥアルドは味方する。


 その言葉は、ベネディクトとフランツにとっては望ましくないモノだっただろう。

 自分たちよりも目下であるはずのエドゥアルドが、こちらを試し、利益を引き出そうとしているのだ。


 しかし、2人ともそのことについてエドゥアルドを非難することはできない。

 そもそもありもしない謀反の噂で少年公爵を苦しめたのは自分たちだという自覚があったし、自国の利益を図るためにできるだけ良い条件を引き出そうとするのは、統治者としては当然の在り様だったからだ。


 これがもし、査問会が始まった当初に出された言葉であったら、両公爵の捉え方は違っていただろう。

 エドゥアルドが[皇帝になる]という自分自身の野心を隠すために、はぐらかすために口にしたごまかしだと考えたはずだ。

 その言葉は下手をすると、エドゥアルドが将来的に、状況さえ許せば皇帝になろうと考えていることを証明するものだと思われる可能性さえある。


 今だから、効果がある。

 ベネディクトもフランツも、自身が[信用できる]と考える情報源から、エドゥアルドには皇帝になる野心がなく、今回の査問によって困り果てているという[事実]を伝えられているからだ。


 だから、純粋じゅんすいにエドゥアルドは、どちらかより良い条件を提示した方に投票をするのだと、疑いなくそう信じることができる。


 この魔法の一言によって、エドゥアルドは主導権を握っていた。

 これまでは陰謀によって追い詰められ、選択を強いられていたのはエドゥアルドの方であったのだが、選択をしなければならない側が入れ替わったのだ。


 これからベネディクトとフランツは、エドゥアルドを皇帝選挙で味方につけるためにどのような条件を提示するのかを考えなければならなかった。

 小癪こしゃくなノルトハーフェン公爵を陥れるために結託していたはずの者同士が、今度は互いの腹を探り合うのだ。


 エドゥアルドに提示する条件は、できるだけ切り詰めた方がいい。

 もしあまりにも好条件を提示すれば、たとえ皇帝になれたとしても自分自身が得られる取り分が小さくなってしまうし、他の諸侯への根回しにも影響してくる。


 エドゥアルドにそれほどの条件を提示したのなら、と、他の諸侯も、皇帝選挙で味方をするための条件をつり上げてくるかもしれないのだ。


 だからといって条件を絞り過ぎては、エドゥアルドは対立する皇帝候補についてしまうこととなる。

 そうなれば、皇帝選挙での勝算は乏しくなってしまう。


 許容できる範囲で、エドゥアルドを味方につけることのできる条件とは、どんなものなのか。

 相手はいったい、どんな条件でエドゥアルドを懐柔しようとするのか。


 ベネディクトとフランツの頭の中にはもはや、どうやってエドゥアルドを失脚させるかという、この査問会を開いた当初に抱いていたはずの目的は無かった。

 エドゥアルドは2人にとって排除するべき存在ではなくなり、どうしても味方につけなければならない相手となったからだ。


(さすが、クラウス殿だな……)


 ベネディクトとフランツの間に存在する雰囲気があからさまに変わったことを察知しながら、エドゥアルドはあらためて、今回の作戦を考えた前オストヴィーゼ公爵の知恵深さに感嘆していた。


 たった一言で、エドゥアルドは窮地きゅうちを脱し、ベネディクトとフランツから同時に向けられていた矛先を、互いに突きつけ合うように仕向けることができたのだ。

 その鮮やかさには感心する他はない。


 この出来事は、エドゥアルドにとっても多くの学びのある、教訓となるものだった。


 まず、情報の大切さ、そして扱いの難しさ。

 情報はできるだけ多くあれば良いのだが、分析を誤れば、正しい判断はできない。

 それに加え、ある情報を得ていたがために、かえって決断を間違うこともある。


 そして同じ言葉でも、それを使うタイミングによって、まったく効果が異なるということ。

 今回用いた一言、[今のところは]は、これまで散々御膳立てをして来たからこそ、ようやく意図した効果を発揮することができたのだ。


 熟慮した上に、多くの物事を積み重ねて、ようやく意味をなすことができる。

 その迂遠うえんさは、今までエドゥアルドが意識したことの無いものだった。


 政治の複雑さ。

 それをエドゥアルドは肌で学ぶことができた。


 ベネディクトもフランツも、エドゥアルドと立場が逆転してしまったことを認識している様子だった。

 彼らは不快そうな表情で押し黙り、口をへの字に引き結んでいる。


 しかし、この状況がすべてエドゥアルドたちの意図したこととは気づいていないらしい。

 巧みに自分の立場を強化したエドゥアルドのことを憎らしくは思いつつも、そこに至るまでの道筋がクラウスによって用意され、自分たちがその術中にはまったのだということには思い至らない。


相手はどう出て来るのか。

 沈黙したままそのことに思考を巡らし、エドゥアルドに対してどのような条件を提示すれば良いのかを、必死に考えている。


 次期皇帝位を巡って対立している、2人の公爵。

 彼らは、言葉通り15分後に皇帝を案内してやって来た侍従がそのことを先ぶれして高らかな声で宣告するまで、じっと、沈黙し続けていた。


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