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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第338話:「武器なき戦争:2」

第338話:「武器なき戦争:2」


 戦争とは重大な出来事であり、国家の、そしてそこに暮らす人々の運命を決めてしまうほどのモノである。


 国家の、そこに暮らす人々の運命を決する。

 その点が共通していることを考えれば、アリツィアは今、まさに戦争を戦っている。


(エドゥアルド公爵。

 あなたが、いけないのだからな……)


 実を言えば、アリツィアは最初、ここまで手段を選ばない行為を決行するつもりはなかった。

 マヤと共に模索しながら衣装を工夫し、自然な形でエドゥアルドに振り向いてもらえるように努力をしたのだ。


 しかしそれは、効果がなかった。

 マヤが仕立てた衣装はどれもアリツィアの魅力をよく引き出すものであり、目にするたびにエドゥアルドは感心してくれたが、しかし、ついに自分が男性であるという意識を抱いてはくれなかった。


 悩んだ末に、アリツィアは最終手段を取った。


 ノルトハーフェン公国への滞在は長期間のものとなっているが、ずっとここにいられるわけではない。

 受け入れ側のノルトハーフェン公国の都合だってあるし、滞在の費用はオルリック王国が出してはいるものの、エドゥアルドたちの側にまったく出費がないわけでもない。


 そう遠くない日に、アリツィアは祖国へと帰らなければならない。


 それまでの間になんとしてでも、アリツィアはこの武器なき戦争に勝利しなければならないのだ。


 一族の、家族のために。

 大勢の臣下、民衆たちのために。

 そして、自分自身のために。


 そっと指をわせたエドゥアルドの身体は、筋肉質で、硬い。

 公務で多忙となっても彼は乗馬したり剣術を鍛錬したり、意識して自身を鍛えており、そのおかげで引き締まった体躯を持っている。


 その硬さに触れると、アリツィアは自身の頬が熱くなるような感覚を抱いた。

 アリツィア自身、覚悟を固めてこの場に入るものの、間近で、しかも直接手で異性に触れた経験はないのだ。

 そしてその触り心地は、想像以上のものだった。


 しかし、アリツィアは手を止めない。


 勝つために手段は選ばないと、そう決めてここにいるのだ。


 耳元で少し早くなった自身の鼓動を聞きながら、アリツィアは指を上から下へ、エドゥアルドの身体をなぞるように動かしていく。


(もしかして、私にも……、薬って効果があるのかな? )


 明らかに通常ではない自身の状態を認識したアリツィアは、興奮からか鈍くなった思考の中でそんな疑問を持つ。

さて、マヤは、なんと言っていただろうか……。


「ひゃっ!? 」


 唐突に、アリツィアはそんな、あられもない悲鳴をあげ、ばっ、と上半身を起こしてしまっていた。


 なぜなら突然、エドゥアルドの身体をなぞるように動かしていた自身の手を、別の誰かが強く握ったからだった。


 この部屋には、2人の人間しかいない。

 だから、誰がアリツィアの手を握ったのかは、確かめてみるまでもない。


 それは、エドゥアルドだ。


「これは……、いけません、アリツィア王女」


 エドゥアルドは、赤くなったままの顔に玉のような汗を浮かべ、興奮のせいか肩で息をしながら、アリツィアのことを見上げている。


「その……、決して、アリツィア王女のことが嫌いだとか、気に入らないとかでは、ありません……。


 ただ、僕に、考える時間を与えていただきたいのです」


「考える、時間……」


 エドゥアルドに手を握られたままのアリツィアは、空いている方の手で自身の胸元をきゅっと抑えながら、呆然と言葉を返す。


 覚悟をしてきたつもりだったのだが、突然、強く手を握られて。

 アリツィアは頭の中が真っ白になってしまい、うまく考えることができずにいる。


「はい。


 僕は、アリツィア王女のことをまだ……、よく、知らないのです。

 ですから、その……、いきなりこういったことになるのは、間違っていると思うのです」


 エドゥアルドは、言うことを聞かなくなりそうな自分自身を必死に抑えながら、たどたどしい口調でそう言って来る。


 その言葉は、アリツィアの心にもまっすぐに届く。

 それが、公爵として、政治家としての打算や、エドゥアルド自身のことを考えての言葉ではなく、アリツィアへと向けられた誠実な言葉だったからだ。


 自分はまだ、アリツィアのことをよく知らないから。

 だからここで、2度と取り返しのつかない1歩を踏み出すことはできない。


 エドゥアルドも、アリツィアがここまで積極的に迫ってくる理由には、気がついているはずだ。

 オルリック王国の思惑についても彼ならすぐに思い当たるだろうし、そういった[王族としての義務]だけではなく、アリツィアが自身の想いからこそ、このような行動に出ていることも、察しているはずだ。

 彼は未熟で、人間の機微について認識が欠落している部分もあるが、聡明な人物なのだ。


 そして彼は媚薬びやくの効果を受けながらも、必死に考えたのに違いない。

 アリツィアの作戦に屈する影響はもちろん、なによりもそうなることが彼女にとって、自分自身にとって最良の結果となるのかを、回らない頭で。


 その結果出てきた結論は、エドゥアルドらしいものだった。

 自分はアリツィアのことをまだよく知らないから。

 だから、ここで立ち止まらなければならない。


 人によっては、優柔不断に思えるかもしれない。

しかしアリツィアには、彼らしい、誠実な回答のように思えた。


 エドゥアルドが情欲に流され、身を任せるのではなく、理性を選んだその理由。

 それはなにより、アリツィアとの関係を彼なりに真剣に考え、そして、その場の雰囲気に任せて突き進むのではなく、もっと時間をかけてお互いのことを理解し、ゆっくりと関係を深めていくべきだと考えたからだった。


 それはつまり、エドゥアルドはもしアリツィアと結ばれるのなら、彼女という存在をできるだけ正しく理解し、そして[愛したい]ということだった。


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