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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第337話:「武器なき戦争:1」

第337話:「武器なき戦争:1」


 エドゥアルドの執務室は、沈黙に包まれていた。


 ソファに腰かけたまま、顔を赤くして、まるで石にでもされてしまったかのように身じろぎすらできないエドゥアルド。

 そしてそのエドゥアルドのかたわらにぴったりと身体をよせ、柔らかく触れているアリツィア。


 アリツィアは、自分が今、なにをしようとしているのかを知っていた。


 祖国のために。

 そして、自分のために。


 アリツィアはエドゥアルドに好意を抱いてもらわなければならなかった。

 将来、祖国の有力な同盟者となってもらうだけではなく、自身にとって最良の伴侶となってもらうために。


 王族として生まれて、幼いころから、義務を背負って生きてきた。

 貴族にとって血縁とは重要な結びつきであり、自身が所属することとなった一族の、そしてその統治下にある臣民のために、アリツィアは政略結婚をさせられる運命だった。


 たとえ、誰の下に嫁ぐこととなっても。

 自分自身の役割を果たすことを、ずっと覚悟して生きてきた。


 だが、もしも、自分自身の手で一生の相手を選べるのだとしたら。

 それも、望外の相手だと、そう信じることができるほどの存在と。


 アリツィアは、その機会をモノにしたかった。

 それは、自身が背負って生きていかねばならない王族という肩書の中で、少しでも自分の意志で決められる、2度とないかもしれないチャンスなのだ。


 だからアリツィアは、禁じ手とも言える[道具]を使っている。


 貴族の間で、古くから秘薬として語り継がれて来たもの。

 いわゆる、媚薬びやくだ。

 オルリック王国の王家にずっと仕えてきて、影から国家を支えてきた人々、マヤの一族に伝わるその秘伝を、今回、香水に混ぜて使っている。


 ほんの、わずかに。

その薬の存在を知っている者でなければ気がつかないほどの少量だけ。


 だが、その効き目は抜群だ。

 アリツィアは、硬直し、顔を赤くしながら固まっているエドゥアルドの姿を間近で観察しながら、自身の目的が半ば果たされようとしていることを確信していた。


 それは、武器を使わない、戦争だった。

 勝つためには、手段など選んではいられない。


 国家の、数千万を数える民衆の未来が。

 自分自身の運命が。

 この戦いの結果にかかっているのだ。


 エドゥアルドは、アリツィアになにかを言おうとして口を開いたり、閉じたり。

 だが、なにも言うことができずにいる。


(マヤからもらった薬には、こんな効果はなかったはずだけれど……)


 マヤから聞いている話では、媚薬びやくは目の前にいる異性をより魅力的に感じさせ、男性を興奮させやすくするものだということだった。

 その効果はエドゥアルドの身体の状態を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんで、よく効いている。


 それなのに、想定していた反応とは少し違っている。

 媚薬びやくの効果で興奮したエドゥアルドは、そのままアリツィアを……、というのが作戦だったのだ。


 生々しい話だが、関係を持ってしまえば、もう言い訳はできない。

 一国の王女とのことであり、エドゥアルドはもう、言いなりになるしかない。


 そういう狙いだったのに、エドゥアルドはガチガチに固くなったまま、身動きが取れずにいる。


 もちろん、アリツィアだってこういうことは初めてだった。

 だから緊張もしているし、戦場に向かうのとはまた別の、未知のものに対する恐れも抱いている。


(……薬を、薄め過ぎたのかな? )


 そう思いつつ、アリツィアは吐息がかかるほどの間近な距離からエドゥアルドのことをねめつけていた。


 心配になり、記憶を探ってみたのだが、確かにアリツィアはマヤが教えてくれた用法に従って媚薬びやくを使っている。

 間違いはないはずだった。


 だとすれば、エドゥアルドの態度の原因は、2通り。


 1つは、アリツィアに十分な魅力がなかったということ。

 もう1つは、エドゥアルドには人並み外れた強い理性があり、媚薬びやくの効果を抑え込んでいる、ということだ。


 どちらにしても、悔しいことだ。

 前者だったら自分に魅力がないということだし、後者だとしてもやはり、自分にエドゥアルドの理性を破壊するだけの魅力がなかったということになる。


 自分だって、この場に相当の覚悟を固めてきているのに。

 何日も思い悩み、迷って、やっと決心をして、作戦を決行に移したのに。


 エドゥアルドの態度は、あんまりだと思うのだ。


 エドゥアルドの行動を押しとどめている理性とは、たとえば、政治家としてのものもあるだろう。

 アリツィアとそういう関係になってしまえば、いろいろと[取り返し]のつかない事態になると、多少なりとも政治を理解する能力のある者ならばすぐに気がつくからだ。


 だが、エドゥアルドの場合、別の理性が強く働いているだろう。

 それは、この場の成り行きに従ってしまってもいいのか、アリツィアの人生を決めてしまっていいのか、というものだ。


 エドゥアルドの人となりは、アリツィアはそこそこ詳しく知っている。

 何か月も共に同じ陣中にいた戦友でもあるし、直接会話する機会も多かったし、オルリック王国の将来の同盟者として、そしてアリツィアの嫁ぎ先として最有力候補としてその名があがるようになってからは、熱心に調べもしたからだ。


 だからエドゥアルドなら、自分自身の心配ではなくアリツィアのことを気づかって理性を働かせるということは、十分に考えられる。


 誠実で、純粋じゅんすい

 それが、エドゥアルドという、若き少年公爵だった。


 ただ、この場合、それでは困るのだ。


(そ、そっちが、そう来るのなら……)


 アリツィアは、自分がこれから行おうとしていることを想像して、頬をより一層赤らめる。

 だが、とうに覚悟を決めている彼女は、もう1歩を踏み出すことを躊躇ためらわない。


 決意のこもった表情で薄く口紅をさした唇を引き結ぶと、アリツィアはエドゥアルドの身体にそっと手を当てていた。


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