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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第324話:「それは、戦い:3」

第324話:「それは、戦い:3」


 やがてアリツィアは、視察先の、オズヴァルトの兵器工場へと到着した。

 そしてそこで、盛大な歓迎を受けることとなった。


 ヘルシャフト重工業の社長であり実業家、オズヴァルト自身が多くの部下たちと共に、赤い絨毯じゅうたんを敷き、にぎにぎしくアリツィア一行を出迎えた。

 そしてオズヴァルトは杖を突いて歩き、その巨大な腹のぜい肉を揺らしながら、手ずから工場をアリツィアに案内して回った。


 それがエドゥアルドの命令であり、アリツィアが国賓であるから。

 そういう理由もあるだろうが、オズヴァルトの丁重な歓待には、商人としての彼の打算も多く含まれているはずだった。


 オズヴァルトは、アリツィアが望むものはなんでも見学させてくれた。

 最新式の、蒸気機関で駆動する生産設備や、溶鉱炉。

 労働者たちに対する待遇の様子なども、隠さなかった。


 見学の内容には、オズヴァルトにとっての企業秘密であるだけではなく、ノルトハーフェン公国にとっての国家機密に属するようなことも含まれているはずだった。

 なぜならオズヴァルトの兵器工場は半国営化されており、ノルトハーフェン公国軍と強く関係しているからだ。


 最新式の設備では、ノルトハーフェン公国向けの、最新鋭の兵器類が生産されていた。

 サーベト帝国との戦争で失われた野砲類を補充する為や、徴兵された兵士たちに補充するための小銃類。

 その製造途中の姿を見せるということは、ある程度、その構造を明かすということであり、外国の要人にその軍事機密を隠しもしないのは、異例のことだった。


 それは、いかにエドゥアルドがアリツィアのことを信頼しているか、オルリック王国との友好関係を大切にしているかを示すことであるのと同時に、オズヴァルトがオルリック王国を新たな取引先として、野心的に見ていることのあらわれであった。


 兵器産業というのは、実は、それだけではなかなか採算が取れないものだった。

 なぜなら、兵器とはそれ自体は新たになにかを生産するものではなく、その需要は軍隊という非常に限られた相手にしか存在しないからだ。


 今は、いい。

 何度も戦争を経験したことに加え、徴兵制の実施により軍隊そのものの規模が増大したため、新兵器の開発や製造、既存の兵器の増産、修繕などで、潤っている。

 工場はフル稼働をし続けているにも関わらず、ノルトハーフェン公国軍にさえ十分な製品を供給できていないほどだった。


 だが、この特需とも言うべき需要が失われてしまったら。


 戦争がなければ、兵器類はほとんど消耗しないものだった。

 訓練などのためには使用されるから、まったく補充や補修が要らないというわけではないのだが、それは戦時に比べれば微々たる需要でしかないのだ。


 また、軍隊につく予算も、平時にはできるだけ抑えられる傾向がある。

 兵器類はなにか新しい製品を生産する目的では使うことができず、戦争の不安がなければ人々は兵器以外の、なにか新たなものを生産してより多くの価値を生み出す製品を欲しがるからだ。

 必然的に、兵器類の需要は目減りし、破産という危機を深刻に考えなければならない。


 実際のところ、オズヴァルトの兵器工場でもこの特需が訪れる以前は、兵器以外のモノも生産してなんとか経営を維持していたほどだ。

 鉄道事業を開始し、蒸気機関車を始めとする車両を生産する事業に乗り出したのも、需要が安定せずなかなか収益を出し続けるのが難しい兵器産業だけを頼りに経営はできないと、そうオズヴァルトが考えているからに違いなかった。


 そんなオズヴァルトにとって、アリツィアがどう見えているか。

 未来の上客だ。


 オルリック王国は、れっきとした国家だ。

 タウゼント帝国には及びはしないものの、ノルトハーフェン公国よりも大きな兵力を有している。

 すなわち、兵器の販売先として有望な[市場]なのだ。


 アリツィアも、王族として生まれ育ち、多くの人物と触れてきた。

時には暗殺されそうになる危機を経験したこともあるから、人の感情の機微についてはある程度分かる。


 オズヴァルトのうやうやしい態度。

 その裏にある打算と野心は、アリツィアには手に取るようにわかった。


 それは、少し不快なことではあるが、理解できないことでもなかった。

 商人とは元来、金稼ぎが大好きな生き物であるし、そもそもの話として、稼がなければ生きていくことができないからだ。


 多くの貴族には、稼がなければ生きていけないという感覚はない。

 なぜなら、生まれながらに貴族である彼らには、先祖代々の領地と収入があり、自分が主体的になにかをして新たな収入を得なければならないという自覚が生まれないからだ。


 アリツィアには、その、稼がなければ生きていけないという感覚に対する理解が存在した。

 幼いころからお姫様らしくお城の中に引っこんでいるより、馬に乗って野山を駆け巡る方が好きだったアリツィアは、城の外で懸命に働く人々の姿を目にすることが多かったからだ。


 農民たちは田畑で土にまみれながら汗をかき、生きていく糧を得ようと働き続ける。


 その一方で、貴族たちはそれぞれの屋敷で大勢の使用人たちを抱えながら、何不自由なく暮らしている。


 幼心に、理不尽だと、そう思った。

 そしてその時の感覚は、今でもアリツィアの中に残り続けている。


 他の多くの貴族たちをつまらないと感じ、エドゥアルドに好感を抱くのは、自分たちは民衆の労苦を吸い取って生きているのだという自覚がない者と、ある者の違いであった。


 だからアリツィアは、オズヴァルトの下心を我慢することができた。


 同時に、学びも多くあった。


 元々、ノルトハーフェン公国の産業化は、ヘルデン大陸でももっとも進んでいるとは聞いていた。

 周辺諸侯との通商関係を整備し、安定して交易のできる環境をエドゥアルドが整えたことにより、元々ノルトハーフェンという港を有していて交通の便が良かったノルトハーフェン公国は、多くの実業家たちにとって絶好の投資先となっている。


 だが、聞くのと見るのとは、大違いだった。


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