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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第316話:「メイドVSメイド:2」

第316話:「メイドVSメイド:2」


 怒り心頭のアンネは、自身を束縛していた紐を手に、眼鏡メイドへと向かっていく。

 わけもわからず紐でからめ取られてしまったことの仕返しに、紐でぐるぐる巻きにしてやろうと考えているらしかった。


 眼鏡メイドの反応は、速かった。

 彼女はまるで背後にも目がついているかのようにアンネの行動に気づき、一瞬の躊躇ちゅうちょもなく行動に移っていた。


「ふわぁっ!? 」


 紐でからめ取ってやろうとしていたアンネだが、目の前から相手が急にいなくなるのと同時に、自分の身体が宙に浮いているのを感じ取って、驚きと戸惑いの混じった悲鳴をあげていた。

 眼鏡メイドは素早く横に動いてアンネの紐を回避するのと同時に、足払いをしていたのだ。


 身長の低いアンネはただでさえ背伸びをしていたから、この眼鏡メイドの反撃になすすべがなかった。

 バランスを崩したまま立て直すことができず、びたーん、と床の上に倒れ伏してしまう。


「アン! 大丈夫っ!? 」


 なにも言うなとシャルロッテに言われていたルーシェだったが、痛そうな目に遭ってしまった友人を心配して思わず声をあげ、駆けよる。


「ぅぅ……。

 後ろからなのに、なんで……? 」


 ルーシェに助け起こされたアンネは、痛みと悔しさから涙ぐんでいた。

 手を突くのが間に合わなかったのか、その広いおでこには打ちつけた跡ができていた。


 ルーシェがアンネの額を気づかって怪我の具合を確かめている一方、その頭上では、眼鏡メイドとシャルロッテが対峙していた。


 互いにすましたような態度を取って、背筋を美しくのばしたまま。

 だが、交わされる視線は、肌がピリピリとするような緊張感を含んでいる。


「こちらに落ち度があったのだろうということは、理解しております。


 しかし、さすがに少々、遠慮がなさすぎるのではないでしょうか? 」


 シャルロッテの表情は冷静なものだったが、その言葉にはとげがある。


 今のは襲いかかったアンネの方が悪いということは理解していたが、それを避けるだけならともかく、足払いまでする必要はないだろうと思うのだ。


 アンネは、正確にはシャルロッテの同僚ではない。

 エドゥアルドではなく、フェヒター準男爵に仕えているメイドだった。


 しかし、一時期は一緒に働いたこともあるし、シャルロッテはアンネの懸命な働きぶりを高く評価し、彼女の頑張りを好意的に見ている。


 そんなアンネが、眼鏡メイドに痛めつけられている。

 表情にこそ出さなかったものの、シャルロッテは内心で不愉快に思っていた。


 それだけではなく、今、眼鏡メイドが見せた隙のない動き。

 その動きは、シャルロッテに、この眼鏡メイドがただのメイドではないということを瞬時に理解させていた。


 眼鏡メイドは、自分と同類。

 単純なメイドではなく、時に主人を守るために戦うことができ、そして、主人のために[裏]の仕事もできるメイドに違いないと思われた。


 一種の諜報員のような存在なのだ。

 メイドとして主人の側近くに仕える一方で、主人の命に従い、秘密にしておかなければならないような仕事もする。


 だとするのなら、眼鏡メイドは危険な存在だった。

 諜報的な活動をしている見ず知らずの相手が、エドゥアルドの居館でもあり、ノルトハーフェン公国の政庁でもあるヴァイスシュネーにいる。


 なんらかの情報を探りに来た、スパイだという可能性があるのだ。


 眼鏡メイドは、警戒するように細められたシャルロッテの双眸そうぼうを、相変わらず無言のまま見つめている。

 だが、彼女の方でもシャルロッテが[自分の同類]であることは察知しているのか、その立ち姿には一切の隙が無い。


 いつの間にか、2人のメイドは一触即発の状態となっていた。


 どちらかが動きを見せた瞬間、あるいは、なにか別のきっかけさえ、あれば。

 2人のメイドはすぐさま行動し、雌雄を決することとなるだろう。


 重苦しい沈黙と共に、シャルロッテと眼鏡メイドが見つめ合っていた時間は、さほど長くはなかった。


「いたっ! 」「あっ、ごめんねっ」


 アンネの額の傷の具合を確認しようとルーシェが手を触れた瞬間、アンネが痛みにうめき声をらす。


 その、瞬間。

 シャルロッテと眼鏡メイドは、動いていた。


 己の瞬発力を最大限に発揮し、雌雄を決するために、2人のメイドは交錯する。

 ぶわっと烈風のような風が巻き起こり、ルーシェとアンネは自分たちの頭上で起こった勝負に何事かと顔をあげ、カイとオスカーは固唾を飲んだ。


 対決を終えた2人のメイドは、互いに背中を向け合っていた。

 今の一瞬で決着がついたと、そういう確信が互いにあったからだ。


「ば……、ばかなっ! 」


 膝を折ったのは、シャルロッテの方だった。


 彼女が身に着けていたエプロンが、はらり、と落ちる。


 あの、一瞬で。

 たった一度の交錯で。


 シャルロッテのエプロンの紐を、眼鏡メイドはほどいてしまっていたのだ。


 よくあるパターンだと、この場合、最終的な勝者はシャルロッテとなるはずだった。

 膝を折った一方のその背後で、実はより致命的なダメージを負っていたもう一方が、力なく崩れ落ちる。

 それが、一種のセオリーだった。


 だが、眼鏡メイドは平然としている。

 その衣服には一切の乱れもなく、シャルロッテが彼女になんらかのダメージを与えることができた気配はない。


 勝負は、シャルロッテの完全なる敗北だったのだ。


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