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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第311話:「眼鏡メイド、強襲:2」

第311話:「眼鏡メイド、強襲:2」


 ルーシェの記憶違いでなければ、その眼鏡メイドは、このヴァイスシュネーで働いているメイドではなかった。


 すなわち、お客様。

 ヴァイスシュネーを訪れた要人について来た使用人、もしくはなんらかの用事で訪れてきた人のはずだった。


 頭を下げたままのルーシェの顔から血の気が引き、どんどん、青ざめていく。


(私、なんてことを~っ! )


 外から来たお客様に対して、自分の不注意でぶつかりそうになった挙句、助けてまでもらった。

 その事実に、ルーシェは息苦しさを覚えるほど動揺している。


 エドゥアルドのメイドとして働いているルーシェが、客人に対して失礼を働いてしまった。

 それはすなわち、ノルトハーフェン公爵家が、エドゥアルドが失礼を働いてしまったのと同じことになってしまうのだ。


 エドゥアルドの役に立つどころか、その顔に泥を塗りつけてしまった。

 そう自覚すると、ルーシェは自分の膝がガクガクと震え出すのを止めることができなかった。


「ごっ、ごめんなさいっ! 申しわけもございませんっ! 」


 ルーシェは震える声で、何度も何度も、謝り続けることしかできない。

 自分の失敗はもう帳消しにはできない。

だからもう、相手に許しを請うて、謝罪を受け入れてもらうしかルーシェにできることはないのだ。


 しかし、眼鏡メイドはルーシェのくり返しの謝罪にも、反応を示さない。

 冷ややかさを感じさせる視線で、じっと、ルーシェのことを見つめ続けている。


(あああああっ……!

 どうしようっ、どうしよう~っ! )


 こんな時、シャルロッテがいてくれればなんとかしてくれるかもしれない。

 ルーシェはそう思ったが、しかし、この場にシャルロッテはいない。


 ルーシェが途方に暮れようとしていた時、突然、ポン、と自身の後頭部に、細い繊細な指を持つ手がそっと乗せられた。

 そしてその手は、なんと、優しくルーシェの後頭部をなで始める。


「……へっ? 」


 それが眼鏡メイドの手であると気づいたルーシェは、呆けたような声をらしてしまう。


(もしかして、許していただけたのでしょうか……? )


 ルーシェがそんなことを思っていると、眼鏡メイドの手はルーシェの肩の方に移動し、下げたままになっていたルーシェの上半身をゆっくりと起こしていった。


 目の前には、相変わらずクールな印象の眼鏡メイドの顔がある。

 その表情は怒っているようにも、特になにも思っていないようにも見えるものだった。


「あ、あの……? 」


 眼鏡メイドの感情が読めず、戸惑ったように声をかけるルーシェに、ルーシェの肩から手をどけた眼鏡メイドは、その手を自身の喉にあてる。

 それから眼鏡メイドは手を喉から離すと、自身の顔の前で軽く左右に振って見せる。


「……? 」


 その動作が、いったいなにを意味しているのか。

 ルーシェにはわからず、彼女はいぶかしむように眉をひそめるしかない。


 眼鏡メイドは3回ほど同じ動作をくり返すと、どうやらルーシェには伝わらないと理解したのかその動作をやめてしまう。


 そしてまたしばらくの間ルーシェのことを、今度は上から下までじっくりと観察するように眺めると、眼鏡メイドはさっきとは別の動作をくり返して見せる。

 今度は、自分の服を指さし、次いで、ハサミを使ってなにかを切ったり、針でなにかをぬったりするような動作をくり返す。


「あの……、どういうことでしょうか? 」


 ルーシェはしかし、首をかしげるしかない。

 眼鏡メイドはなにかをルーシェに伝えようとしているのは間違いなかったが、ならばなぜ、声に出して言わないのだろうかと、ルーシェは不思議に思っていた。


 5回ほど同じ動作をくり返したものの、ルーシェがきょとんとしているのを見て、眼鏡メイドはその動作をやめてしまった。

 そしてそれから、やや憮然ぶぜんとしたような表情でじっと、ルーシェのことを見つめて来る。


 また怒らせてしまったのか。

 そう思ったルーシェだったが、しかし相手がなにも言ってくれないのでどうして怒らせてしまったのか、なにをすれば許してもらえるのかもわからず、ただ戸惑うことしかできない。


 そんなルーシェのことをじっと見つめ続けていた眼鏡メイドだったが、彼女は突然、自身のエプロンの裏側のポケットに手を突っ込むと、そこから細長いものを取り出した。


 それは、ひもだった。

 それも服をぬうような細いひもではなく、なにかを取りまとめたりするのにちょうどいい、少し太いひもだった。


 そしてそのひもを両手で持つと、眼鏡メイドはそれを左右に広げる。

 その表情は、いつの間にか真剣な、なにかを思いつめているような表情になっていた。


(な、なんだか……、怖い、です)


 その真剣な、鬼気迫るような眼鏡メイドの様子に、ルーシェはたじろいでしまう。

 だが、ルーシェの恐怖体験は、まだまだ、始まったばかりだった。


 眼鏡メイドは真剣な表情をルーシェへと向け、その視線を完全にルーシェへとロックオンしながら、ひもを手にじりじりと接近してきたのだ。


「あ、あの……、どうして、にじりよってくるんですか……? 」


 愛想笑いを浮かべながら、ルーシェは眼鏡メイドに気圧されるように後ずさって行く。

 だがすぐにその背中は壁についてしまい、ルーシェは逃げることができなくなってしまった。


 ルーシェの背中が、トン、と壁についた瞬間、眼鏡メイドが動く。

 まるで隅に追い詰めたネズミを捕らえようとするネコのような、しなやかで俊敏しゅんびんな動きで、眼鏡メイドはそのひもでルーシェに襲いかかった。


「ひぅっ!? 」


 咄嗟とっさにルーシェは横に飛ぶように回避し、なんとか眼鏡メイドに捕らわれることを避けることができた。


 しかし、眼鏡メイドは、あきらめていない。

 なぜ逃げる、とでも言いたそうな、ややいら立ったような視線でルーシェを睨みつけると、再びルーシェの方へ身体を向ける。


「な、なにを、なにをするつもりなんですか……っ? 」


 ルーシェが怯えた声でたずねても、眼鏡メイドはなにも答えず、またじりじりとルーシェに接近してくる。


 それは、ルーシェにとっては恐怖以外の何モノでもなかった。


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