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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第310話:「眼鏡メイド、強襲:1」

第310話:「眼鏡メイド、強襲:1」


 自分の不注意のせいで、相手にぶつかってしまうだけではなく、汚れた水でびしょ濡れにしてしまう。

 そんな事態を前に思わず現実逃避をしてしまっていたルーシェだったが、しかし、彼女が恐れるような事態にはならなかった。


 ぶつかる。

 衝突してしまうのは不可避だと、そう考えていたのに、ルーシェは一切の衝撃を感じていなかった。


(えっ、なんでっ? )


 絶対に回避できないはずだったのに、自分はどうやら、誰にもぶつからずに済んだようだ。

 そう思い、戸惑いながら目をあけたルーシェが次に目にしたのは、階段だった。


 ルーシェたち使用人が毎日のようにせっせと磨き上げているから、美しい光沢をまとった、高級木材でできた格式高い階段。

 下り階段。

 そこへルーシェは、前のめりになって突っ込みつつあった。


(おっ、落ちるっ! )


 ルーシェは、恐怖した。

 咄嗟とっさに身体を支えようにも片手はバケツで塞がっているし、もう片方の手では手すりにも届かない。

 片足は踏み出されたまま空中にあり、今から急いでおろしたところで、ルーシェは態勢を保つことは難しい。


 顔面から、真っ逆さま。

 幸いルーシェが落ちて行こうとする先に他の誰かはいなかったが、このまま階段から落ちれば、ルーシェはバケツの水を盛大にぶちまけてしまうだけではなく、大けがをすることになってしまうだろう。


(そんなの、ダメっ! )


 ルーシェは、今度は恐怖のあまりに双眸そうぼうをきつく閉じていた。


 階段から落ちれば、とても痛いだろう。

 しかも怪我をしてしまえば、しばらくはエドゥアルドのメイドとして働けなくなってしまう。


 自分が、この場所にいていいと信じられる理由を、ここに居続けたいとルーシェが願っている居場所を、失ってしまう。


そのことに、ルーシェは心の底から恐怖していた。


────────────────────────────────────────


 しかしルーシェは、階段から落ちてしまうことはなかった。


「きゃふんっ!? 」


 横合いから素早くのびてきた腕が力強くルーシェの上半身を支え、受け止められたルーシェは、あげようとしていた悲鳴を喉に詰まらせる。


 力強い腕に抱きとめられたルーシェは、自分の体勢がその腕に支えられたおかげですっかり安定したことに気づき、けほ、けほ、と小さく咳き込みながらおそるおそるまぶたを開き、それから、自分を助けてくれた相手の方を振り返る。


 そこには、ルーシェがぶつかってしまうと思った相手がいた。


 物静かな印象のブルーグレーの瞳を持つ、クールな印象がする。そしてその瞳の上には、銀縁の楕円形の眼鏡をかけている。

 髪は黒くつややかで、三つ編みのおさげにされて、頭の左右にそっと垂れ下がっている。色白の肌に、その黒髪がよく映えていた。


 年齢は、ルーシェとほとんど変わらないように思えるが、エドゥアルドのメイドとなってから順調に成長を遂げてはいるもののまだまだ小柄なルーシェよりも背が高い。

 その体格は細身で線が細かったが、実際にはかなりしっかりとした体幹の持ち主であるようで、ぶつかって来たルーシェのことを素早い身のこなしでかわしただけではなく、階段から落ちかかったルーシェを片腕だけでしっかりと支えていた。


 しかも、その黒髪の三つ編みを持つ眼鏡メイドは、ルーシェの手からいつの間にがバケツを奪い去り、そのバケツの水が外にこぼれることさえ防いでくれていた。


(シャーリーお姉さまみたい……)


 ルーシェは半ば呆然としたまま、漠然ばくぜんとそんな印象を持つ。


 いつも背筋をピンと美しくのばし、冷静に、公爵家のメイドとしてふさわしい気品ある態度を崩さない。

 そして、どんな仕事も完璧にこなし、そうするのが当たり前だという、すましたような表情をしている、クールなメイド。


 時に厳しく、だが、根は優しく、その厳しさはすべて、ルーシェを一人前のメイドにするため。

 そんな、ルーシェが尊敬し、憧れている赤毛のメイドに、その眼鏡メイドの雰囲気は似ているような気がした。


 ただ、ルーシェは彼女のことを知らなかった。

 ヴァイスシュネーで働いている使用人の顔と名前はみな記憶しているのだが、ルーシェはその眼鏡メイドに見覚えがまったくない。


(えっと……、このお城のメイドさんではないとしたら……、お客様、でしょうか? )


 ルーシェがそんな風に思いながら見つめていると、眼鏡メイドはじっと、そのクールな瞳でルーシェのことを見つめ返してくる。


「……はっ!


 あっ、あのっ、ごめんなさいですっ! 」


 しばらくの間呆然としたままその眼鏡メイドの無表情を見ていたルーシェだったが、彼女が、ルーシェが体勢を整え自分の足で立ち上がることを待っているのだと気づいたルーシェは、そう謝りながら慌てて眼鏡メイドの腕から離れた。


「ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい!

 私、前をちゃんと見ていなくって!


 それなのに助けていただいて、ほんとうにすみませんっ! いえっ、ありがとうございます! 」


 それからルーシェは、自身のツインテールを激しく揺らしながら深々と頭を下げ、眼鏡メイドに向かってひれ伏すような勢いで謝罪し、お礼を言った。


 しかし、眼鏡メイドはなにも答えない。

 ただ自分の足元にそっと、少しも音を立てずにバケツを置くと、彼女は両手を身体の前で自身のスカートに沿えて姿勢を整え、じっとルーシェのことを見つめている。


(ああああっ、怒ってる!

 すっごく、怒ってるよ~っ! )


 その眼鏡メイドの視線を感じ取ったルーシェは、自身の動悸どうきが激しくなるのと同時に、冷や汗が全身ににじみ出てくるのを感じていた。


※作者より

何時も本作をお読みいただき、ありがとうございます。


今回、本作の主人公、ルーシェの、新旧を比較した画像(某メイドさんをカスタムできるゲームを使用しております)をご用意いたしましたので、もしよろしければご覧くださいませ。

https://www.pixiv.net/artworks/103487988

公爵家にやって来た時はまだちんちくりんでしたが、ルーシェも段々と成長してきております。


もしよろしければ、これからも本作のことを、よろしくお願いいたします。

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