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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第16章:「次なる戦い」

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第302話:「長期戦の備え:1」

第302話:「長期戦の備え:1」


 エドゥアルドは、平民が士官となること自体には特に大きな抵抗感は感じていなかった。

 自分は質実剛健であるべきだと考えているエドゥアルドからすれば、軍隊とは勝利を得なければならない存在であるからだ。


 ここで言う勝利とは、敵軍を圧倒し、徹底的に撃滅することではない。

 戦争目的を達成し、守るべき民衆を保護し、エドゥアルドの統治下にある人々の繁栄と生存を保証する、ということだ。


 そのために必要なのは、貴族たちが生まれもって保有している虚栄心きょえいしんを満たすことではない。

 優秀な人材を登用し、然るべき地位につけ、権限を与え、その能力を発揮させることだ。


 しかし、アントンの提案になんの疑問もなく賛成することもしなかった。


 現状では、ノルトハーフェン公国軍に必要な士官の数は確保できている。

 それなのに平民の入校を許可してまでも士官の数を確保しなければならないというアントンの提案に、エドゥアルドは疑問を持っていた。


 なんの考えもなしにアントンがこんなことを言うはずがない。

 アントンの提案を受け入れて士官学校に平民の入校を許可するにしても、エドゥアルドはアントンの考えを正しく理解し、その意義を知った上で実行に移したかった。


「現状で士官の数が足りているというのに平民の士官学校の入校を許そうというのは、どういったお考えでの提案なのでしょうか? 」


「長期の戦争に備えるためでございます」


 エドゥアルドの問いかけにアントンはうなずき、スラスラとその考えを述べていく。


「現状で士官の数は足りてはおりますが、それは、実際の戦闘による消耗を考慮したものとはなっておりません。


 相手の士官を狙撃せぬようにせよ。

 慣習的に我々はそのように兵士たちに教えておりますが、しかり、先のヴェーゼンシュタットでの戦闘でも、我が軍の士官にも死傷者が生じております。

 兵士と共に前線に立つ以上、貴族であろうと、士官であろうと、死傷する可能性はあるのです」


 兵士たちに敵軍の士官を意図的に狙撃するなと教えるのは、それは、相手の士官もまた、貴族出身者であることを前提としているからであった。


 特権階級である貴族たちは、自分たちの命の価値を平民よりも重いモノとして考えており、貴族同士の決闘でもない限り、平民の手にかかって命を失うのを嫌っている。

 加えて、それなりの地位があり、財産もある貴族たちは、もし捕虜とすることができれば多額の身代金と引きかえにすることができるかもしれず、そのために無暗に殺傷するよりも捕虜に取る方が好まれている。


 こういったことから、戦場で意図的に士官を殺傷することは避けるべきこととされているのだ。


 だが、実際には貴族出身の士官であろうと、死傷者が生じている。

 使用される兵器がそもそも[狙撃]を安定して実施できるほどの精度がなかったし、戦場に立つ以上は死傷者が出るのが当然のことだった。


「アルエット共和国は、フルゴル王国をその支配下におさめました」


 アントンがそのことをあらためて指摘すると、エドゥアルドはその表情を険しくする。

 元々油断のできない相手だったアルエット共和国が、さらに強大な存在となったことを意識せざるを得ないからだ。


 アントンの表情は、エドゥアルドとは違って落ち着いた穏やかなものだった。

 それはおそらく、エドゥアルドが未だこの状況に対してどう動くべきかを見いだせずにいるのに対し、アントンはそれを見つけ出しているからだろう。


「今後、我々はアルエット共和国からの圧力を、正面から受けなければならなくなりました。

 アルエット共和国はその全力を我が方へと向けて来ることとなりましょう。


 必然的に、我らが相手にしなければならない敵軍は、多くなるでしょう。

 そうして戦う軍隊の規模が大きくなると、補給の状況にもよりますが、戦争が長期化していく恐れがございます。


 これは、多数の軍同士が戦い合った場合、1度の会戦だけでは戦争の趨勢すうせいが決せず、連続した決戦に勝利せねば、敵軍の戦力を粉砕することが不可能なものとなるからでございます」


「連続した、決戦? 」


「左様です、殿下。


 たとえば、ノルトハーフェン公国軍でお考え下さい。


 ノルトハーフェン公国軍は、将来的に3個師団によって構成される軍隊となることとなっております。

 これに予備役を加えれば、戦時に編制される師団の数はさらに多数となるでしょう。


 そういった状況で、たとえ1度の会戦で1つか2つ、師団が壊滅することとなりましても、ノルトハーフェン公国軍は戦い続けることがかないます。

 なぜなら、壊滅したよりも多くの部隊が未だに健在であるからです。


 今後、アルエット共和国との戦争では、そのような、1度の決戦で勝利して大打撃を与えたとしても、戦争の勝敗が定まらない事態が常態となると考えられます」


 将来、ノルトハーフェン公国軍が現在の計画通りに3個師団を中核とする大きな軍隊となった場合。

 その内の1個師団を失ってもまだ、2個師団が生き残っていて、その2個師団で戦い続けることができるようになるだろう。


 まして、もっと編制される師団の数が増加すれば、1度の会戦で数万の損害を受けたとしても戦い続けることができてしまう。

 そしてその状況は、敵軍も同様になるのだ。


 エドゥアルドはこれまでに2度、戦争に参加したが、その際に率いていくノルトハーフェン公国軍は決まって15000名だった。

 それは、それが皇帝から課せられた軍役だからだが、ノルトハーフェン公国軍が全軍で30000名しかいないからだ。

本国に十分な防衛戦力を置いたまま出征させられる兵力の最大数が、15000名であるのだ。


 だが、これからの戦いは、その15000名を失ったとしても終わらない。

 戦場に投入される兵力が増大することで、それまでであれば致命傷となるはずの損害を受けても戦争の継続が可能となるのだ。


「なるほど……、そういう、ことか」


 エドゥアルドにも、アントンの考えがわかって来た。


 戦争の規模が拡大し、1度の決戦で決着がつかなくなれば、戦争は長期化していく。

 そして戦争は、戦っている双方の陣営がそれぞれ受ける損失を補充できなくなるまで続くことになるだろう。


 兵士も士官も、簡単には育成できない。

 しかし、比較してより長期間の育成機関を必要とするのは、士官の方だ。


 アントンは、これからの戦争が連続した複数の会戦によってでしか決着しないことを見越して、容易に補充できない士官の数を確保しようとしているようだった。


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