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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第15章:「ヴェーゼンシュタット攻防戦」

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第273話:「夜明け」

第273話:「夜明け」


 歓声と、悲鳴。

 それが、複雑に入り混じりながら、辺りに広がっていく。


 サーベト帝国の皇帝、サリフ8世。

 その身柄を、アリツィア王女たちの有翼重騎兵フサリアが抑えたという事実は、この戦いに決着がついたということを示していた。


 もし、皇帝を捕らえても、敵軍が動揺しなければどうなるのか。

 そんな懸念も存在したが、もはやそれは、考慮しなくても良いことだった。


 皇帝が、サリフ8世が捕えられた。

 その事実を知らせる声は、サーベト帝国軍の将兵に波紋のように広がっていく。


 そして指導者を失った彼らは、勝利への希望も失った。

 サーベト帝国軍でもっとも安全な本営にいたはずのサリフ8世が捕えられたということは、自らが戦っている敵、すなわちエドゥアルドたちがサーベト帝国軍の防衛網をすべて粉砕するほどの力を持っているということだと、サーベト帝国軍の将兵にはそう思われるからだ。


 実際には、エドゥアルドたちは5万に満たない規模の軍勢でしかない。

 夜襲という環境条件によってこれがタウゼント帝国軍による総攻撃ではないという事実を知らないサーベト帝国軍の兵士たちは、皇帝が捕虜となったことで敵軍の規模を見誤り、恐れ、動揺した。


 すでに逃げまどっているような状況だった兵士たちは、もはや背後を振り返ることもなく一目散に走っている。

 戦う意思を見せていた兵士たちも、武器を捨てて、我先にと逃げ出していく。


 その敗走は、まだ戦闘状態に陥っていなかったサーベト帝国軍にも伝わっていく。


 自分の部隊はまったくの無傷であっても、他の部隊は敗北し、逃げ出している。

 敵は、皇帝であるサリフ8世の本営を直撃できるほどの力があり、自分たちだけが戦っても到底、勝てる相手ではない。


 そう判断したサーベト帝国軍の将兵は、雪崩のような勢いで、その全軍が敗走を始めた。


 そして、その光景を目にしたエドゥアルドたちの間には、歓声が広がっていく。


 それは、いくつもの喜びが入り混じった声だ。

 自分たちが勝利し、生き残ったということ。

 そして、ヴェーゼンシュタットの民衆が、ようやく長く苦しい籠城戦から解放されるということ。


 その喜びを、兵士たちは声に出し、踊り出し、全身であらわにしている。


「まだ喜ぶのは、早いぞ!

 お前たちっ! 」


 しかし、その怒涛どとうのような歓喜の声の中で、ペーターが声を張りあげる。


「敵を、徹底的に追撃する!


 追って、叩いて、叩いて、そして!

 2度と侵略して来られないように、叩きのめす!


 それが、オレたちの仕事だろうが!? 」


 兵士たちの歓声の中に、そのペーターの呼びかけにこたえ、称賛するような声や口笛が混じる。


「よぉし、行くぞ、お前たち!


 この勝利を、永遠のものとして、歴史に刻み込んエやろうぜェ! 」


 そしてペーターがそう叫び、彼の重さを懸命に支えている馬を叱咤しったして走らせ、逃げるサーベト帝国軍を追い始めると、兵士たちは一斉にそれを追って追撃戦を開始した。


────────────────────────────────────────


 エドゥアルドたちの攻撃は、深夜になってから行われた。

 そしてその戦いの決着は、有翼重騎兵フサリアが突撃を開始してから1時間ほどでついた。


 だが、その後の追撃戦は、夜明けまで続くこととなった。


 たとえ皇帝を捕虜とすることができたのだとしても、敵に強大な戦力が残されていれば、再侵略してくることは十分に考えられる。

 サリフ8世には十分に後継者足り得る年齢の息子がおり、サリフ8世に代わって帝国を導くことになるその指導者が、父親の奪還と復讐を求めて軍を動かさないとは限らないからだ。


 だから、ここで徹底的に敵軍を攻撃し、その戦力に、少なくとも当面の間は再起不能となるようなダメージを与えておかなければならない。

 西にアルエット共和国という脅威を抱え、周辺諸国から連携した攻撃を受ければ国家存亡の危機を迎えかねないタウゼント帝国の現状を考えれば、それは、絶対に必要なことだった。


 追撃戦は、一方的な結果となった。

 武器を捨てて我先にと逃げていく敵を背中から銃剣で突き刺すのは、簡単なことだったからだ。


 夜明けまで続いた追撃戦でエドゥアルドたちがあげた戦果は、膨大なものとなった。

 正確な死傷者の数はわからないが、少なくとも数万はくだらなかったし、最終的に3万名以上のサーベト帝国軍の将兵を捕虜として獲得することとなった。


 夜陰にまぎれるようにして逃げ散って行ったサーベト帝国軍の将兵も、数多い。

 だが、武器を始めとする装備品を捨て去り、ほとんどの物資を放棄して逃げ出した彼らが、無事に本国まで逃げられる保証は、どこにもない。


 なぜならここは、彼らにとっての敵国の、奥深くなのだ。

 敵地からの撤退戦がいかに困難なものであるのかを、エドゥアルドは良く知っている。


 この戦いで、サーベト帝国軍は実質的に半減することとなったはずだった。

 精強な軍隊として名を知られたイェニチェリも壊滅状態となり、サーベト帝国軍は再びタウゼント帝国に侵攻して来るだけの力を失った。

 少なくとも、向こう4、5年は、安全となるだろう。


 十分な戦果をあげたエドゥアルドたちは、朝日が昇り始めると軍を集結させ、ヴェーゼンシュタットへと凱旋がいせんした。


 そして、そのエドゥアルドたちを迎えたのは、城壁につめかけた籠城軍の兵士たちと、ヴェーゼンシュタットが解放されたことを知って喜ぶ民衆の、歓呼の声だった。


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