第255話:「サーベト帝国軍の反撃:2」
第255話:「サーベト帝国軍の反撃:2」
サーベト帝国軍に対し、ノルトハーフェン公国軍は山砲による砲撃、そしてマスケット銃による一斉射撃で応戦した。
これに、軽歩兵による狙撃も加わり、剣や槍といった古めかしい武器に、鎧を身につけるという旧式装備の兵士が多いサーベト帝国軍の将兵は、バタバタとなぎ倒されていく。
普通に考えれば、剣と槍と、銃兵とでは、勝負にならないとしか思えない。
遠距離からの射撃によって、いかに剣や槍の達人であろうと簡単に討ち取られてしまうし、剣や槍の間合いに接近される前に勝負がついてしまうはずだからだ。
だからこそ、タウゼント帝国を始めとするヘルデン大陸上に存在する諸国家では、剣や槍が廃れ、すべての歩兵が小銃で武装するようになったのだ。
だが現実には、信じられないようなことが起こった。
サーベト帝国軍の白兵装備の歩兵たちは、ノルトハーフェン公国軍のマスケット銃による一斉射撃を受けても足を止めず、それどころか喚声をあげて突撃を開始し、接近戦へと持ち込んでしまったのだ。
マスケット銃の一斉射撃により、たとえ、隊列を組んでいた味方兵士の半数が死傷したのだとしても。
それでも怯むことなく突撃すれば、戦列歩兵が次の弾丸を装填し終わる前に、白兵戦に持ち込むことができてしまう。
並の兵士であれば、そんなことはできない。
遠距離から轟音を発し、鉛の弾丸でバタバタと兵士たちをなぎ倒していくマスケット銃の一斉射撃を受ければ、誰だって恐怖して足がすくみ、それ以上前に出ることなどできなくなる。
きびすを返して逃げ出そうとするか、その場に伏せて身動きが取れなくなってしまう。
しかし、サーベト帝国軍の兵士たちは、そういった普通の兵士たちではなかった。
伝統的な武器である、剣や槍。
その存在そのものに武人としての魂を見出し、長い時間をかけて訓練を重ねて技術を錬磨してきた者たちだったのだ。
そういった者たちは、生粋の軍人、いや、武人であるから、マスケット銃の一斉射撃を受けてもそれだけではひるまない。
たとえ両隣の戦友が倒れようとも、止まらない。
自身にとって必殺の武器であり魂でもある剣や槍の間合いに接近し、その威力を発揮させて敵陣を突き崩すまで、進み続けるのだ。
その旧態依然とした体制ゆえに、サーベト帝国軍にはそうした、古い戦士の魂が生き残っていた。
接近されても、戦列歩兵たちは銃剣によって反撃することが可能だった。
銃剣を装着すればマスケット銃は簡易的な槍のように使うこともできるし、そうすることができるようになったからこそ、ヘルデン大陸ではすべての歩兵が銃兵へと変化した。
だが、問題は白兵戦の攻撃力ではなく、防御力の方だった。
サーベト帝国軍の白兵戦部隊はみな、甲冑や鎖帷子のような防具を身に着けている。
銃弾にはまったく効果を示さないそれらも、しかし、銃剣に対しては大きな防御力を発揮する。
このために、敵の白兵戦歩兵の突撃を許してしまったノルトハーフェン公国軍の歩兵部隊は、果敢に戦いながらも切り崩される、という事態が続出してしまった。
エドゥアルドの下には、次々と、指揮下にある各連隊から、苦戦しているとの報告がよせられてくる。
マスケット銃による一斉射撃で敵の突撃を阻止できれば問題はなかったが、一度接近を許してしまうと、ノルトハーフェン公国軍の方が不利だった。
(少し、甘く見ていたか……)
味方が苦戦しているという報告を次々と受けながら、エドゥアルドは内心でそう、後悔していた。
剣や槍などで武装している。
なんて、旧式な軍隊なのだ。
戦いう前はそんな風に考え、サーベト帝国軍を撃破してヴェーゼンシュタットを解放することなど簡単だと思っていたのだが、実際に戦ってみると、サーベト帝国軍は予想外に強かった。
しかし、今はまだ、耐えなければならない。
補給部隊はまだヴェーゼンシュタットの城内へと入りきっておらず、エドゥアルドたちが守らなければならない状態だったからだ。
この戦況を見て、エドゥアルドは、今まで温存して来た50ミリ口径の軽野戦砲を前線へと投入した。
この軽野戦砲は、アルエット共和国軍との戦闘を経験し、機動力のある火砲の必要性を感じたエドゥアルドが、ノルトハーフェン公国の大商人であり実業家、オズヴァルト・ツー・ヘルシャフトに命じて新設計して配備させたものだ。
従来の野戦砲よりも小口径化し、砲の威力を妥協しつつ軽量化を達成するのと共に、その砲架ともなる砲車を従来よりも高速での移動に耐えるように改良してある。
そしてその軽野戦砲は、従来のものよりも多数の騎馬によって牽引されるため、戦況に応じて迅速な展開が可能となっていた。
大砲というと、遠距離からの射撃が主な役割ではあるが、前線に、歩兵たちの戦列と同じ位置まで前進して使用されることも、当たり前に行われていた。
連絡手段が未整備であり、大砲が長射程とはいっても、間接照準で相手の攻撃の及ばないところから一方的に砲撃するということができない。
したがって、大砲の砲手自身が直接敵を目視して照準し、発砲できる距離で大砲を運用することが多いのだ。
そして、口径50ミリとはいえ、近距離からブドウ弾を発射する大砲の威力は絶大なものだった。
エドゥアルドは、軽野戦砲が放列を敷くと、各連隊長に連絡し、前線で戦っていた歩兵部隊に、放列の全面を横切るような形で後退を命じさせた。
当然、サーベト帝国軍はそれを追撃してくる。
だが、その目標は後退するノルトハーフェン公国軍の歩兵部隊であり、彼らは、軽野戦砲の放列が待ち構えていることに気づかなかった。
射線が通ると、軽野戦砲の放列は一斉に射撃を開始した。
ブドウ弾はマスケット銃用の弾丸を大砲の中に数十発も詰め込んだ砲弾だ。
発射されると、内部に詰まった弾丸が放射状に拡散して広がり、射程内にいる敵を攻撃する。
つまり、1門から戦列歩兵の集団が放つのと同等の弾丸をばらまくことができるのだ。
その威力は抜群だ。
通常のマスケット銃よりも多くの炸薬で放たれた弾丸は人間の身体を容易に貫通するほどの威力を発揮し、文字通り、サーベト帝国軍の兵士たちをなぎ払った。
その状況を見て、ノルトハーフェン公国軍は後退をやめ、各連隊が予備兵力を投入して反撃に転じた。
軽野戦砲の適時の投入により、ノルトハーフェン公国軍の防衛線は、どうにか持ち直すことができたようだった。
だが、エドゥアルドたちの危機はまだ、終わってはいなかった。
フォルカー・フォン・モーント大佐に率いられているズィンゲンガルテン公国軍の1個歩兵連隊が、サーベト帝国軍の精鋭部隊、イェニチェリによる攻撃を受け、孤立した状態に置かれてしまったからだ。




