第223話:「謁見(えっけん)」
第223話:「謁見」
いったい、皇帝が自分に、なんの用だろう。
エドゥアルドはいぶかしんだが、皇帝の命であれば、帝国貴族に連なる者である以上、逆らうことなど許されない。
エドゥアルドはルーシェに手伝ってもらって皇帝への謁見の準備をすませると、皇帝から指定された日時に、宮殿へと参上した。
エドゥアルドを不思議がらせていたのは、なぜ、皇帝が自分を呼んだのかということだけではなかった。
その席に、ヴィルヘルムを呼ぶように、という要望も受けていたからだ。
ヴィルヘルムは、エドゥアルドにとっての助言者、ブレーンだ。
その出自は未だに不明ながら(ヴィルヘルムをエドゥアルドの家庭教師として推薦したエーアリヒであればなにか知っているはずだったが、ヴィルヘルムが自身の過去を知られたくない様子であるため、エドゥアルドはあえてたずねずにいる)も、その助言するところはこれまで常に的確なモノであり、必ずエドゥアルドの役に立ってきている。
常に仮面のような柔和な笑みを浮かべている底知れない人物ではあるものの、エドゥアルドは彼の能力を信頼している。
しかし、そのヴィルヘルムの立場は、曖昧なものだった。
なにか爵位があるわけでもなく、役職があるわけでもなく、ただエドゥアルドから信頼されているから、エドゥアルドの側近として、助言者として働くことができている。
おそらく、ヴィルヘルムという存在を知っているのは、ノルトハーフェン公国の中枢にかかわりを持つ、ごく一部の人々だけだろう。
なんの地位もないヴィルヘルムがその能力を発揮できているのは、ひとえにエドゥアルドからの信任があるからであって、それ以外の人々にはなんの知名度もないのだ。
そのヴィルヘルムを、わざわざ皇帝は指定してきている。
なにか理由があるのに違いなかったが、その理由の予想はまったくつかなかった。
とにかく、エドゥアルドは皇帝と謁見しなければならない。
エドゥアルドは皇帝から指定された通りにヴィルヘルムを引き連れ、宮殿へと向かうと、そこで皇帝の侍従長に出迎えられ、そのまま奥へと通された。
正式な謁見では、もっと、格式ばった段階を踏まなければならない。
それなのにこうして侍従長が自らエドゥアルドのことを出迎え、そういった格式ばった段階をすっとばして奥へと案内するということは、これが皇帝との内々の面会であるということを示していた。
エドゥアルドは皇帝との謁見ということで緊張はしていたが、しかし、不安までは抱いていなかった。
確かに奇妙な状況ではあるものの、これまでの経験から、カール11世は少なくともエドゥアルドたちに対して害意はないだろうと思えるからだ。
やがてエドゥアルドは、侍従長によって客間へと案内された。
それも、外部からの公式の訪問者を通すための客間ではなく、皇帝と特に近しい関係にある者が個人的に皇帝と会う際に通される客間だった。
やはりこれは、公式な謁見ではなく、内々の謁見であるらしい。
もっとも、エドゥアルドがこういった扱いを受けることは、特別というわけでもなかった。
エドゥアルドはノルトハーフェン公爵で、そしてノルトハーフェン公爵家はタウゼント帝国の被選帝侯の1つ、すなわち、皇帝と血のつながりを持った一族だからだ。
客間では、皇帝に仕える使用人たちからもてなしがされた。
エドゥアルドが望むのならコーヒーでも酒でも、どんなお茶菓子でもなんでも出て来るようだったし、場合によっては一流の演奏家がその場でその技術を披露できるようにひかえているほどだった。
だが、エドゥアルドはそういった皇帝からのもてなしをじっくり楽しんでいるような時間はなかった。
ほどなくして、エドゥアルドが宮殿に到着したことを告げるために皇帝の下へ向かっていた侍従長が戻ってきて、エドゥアルドを皇帝のところへと案内したからだった。
案内されたのは、エドゥアルドだけだった。
ヴィルヘルムはどうやら、エドゥアルドとは別に皇帝と謁見することになっているようで、そのまま客間でしばらく待たなければならないらしかった。
いよいよ、どうしてこんなことをするのかがエドゥアルドには不思議だったが、しかし、それについてふかくかんがえている余裕はなかった。
仮にも、相手は皇帝なのだ。
もしかすると次の、あるいはその次の皇帝にエドゥアルドがなることだってあるかもしれなかったが、今はあくまで臣下としての礼をつくさなければならない。
エドゥアルドが侍従長に案内されたのは、公式に皇帝との謁見を行うために作られた謁見の間ではなく、皇帝の私室だった。
皇帝がのんびりお茶などを楽しみながら読書をしたり、居眠りをしたりするための、宮殿の中庭に面した場所で、風通しがよく、採光窓から豊富に光が差し込む、快適な空間だった。
やはり、今回の謁見は、あくまで皇帝の私的な用事であるらしい。
「ノルトハーフェン公爵、エドゥアルド、お召しによりただ今、御前に参上いたしました。
皇帝陛下には、ご機嫌麗しゅう……」
「そのような格式ばった挨拶は、よい、よい」
侍従長に案内されて皇帝が待っていたその部屋に入ったエドゥアルドは、まず、帝国貴族として当然の行動として、窓際のイスに腰かけて日差しを楽しんでいた皇帝・カール11世に向かってひざまずき、挨拶をしようとしたが、カール11世は苦笑しながらそのエドゥアルドの行動を制止した。
それからカール11世は、手ぶりで侍従長に下がるようにうながすと、部屋にはエドゥアルドと皇帝の、ただ2人だけとなった。
「そなたもすでに気づいておろうが、こたびは、朕が個人的にそなたと会いたいと思ったゆえに、このような場をもうけたのだ。
そう、かしこまらずとも良い。
ただ、いろいろと話を聞かせてもらいたいだけなのだ」
その状況にエドゥアルドはどのような態度を見せればいいのか分からず、ひざまずいたままだったが、そんなエドゥアルドにカール11世は優しい口調でそう言う。
エドゥアルドがおそるおそる顔をあげると、カール11世はエドゥアルドを手招きしていた。
どうやら、カール11世が座っているイスとはテーブルを挟んで対面に用意されたイスに、腰かけるように言っているようだった。
あまりにも、おそれ多い。
皇帝と同席するなど、エドゥアルドは委縮させられてしまったが、皇帝がエドゥアルドを手招きしている以上、遠慮することはかえって失礼に当たってしまう。
エドゥアルドはおそるおそる、皇帝と同じテーブルの席につくしかなかった。




