第205話:「困りごと:3」
第205話:「困りごと:3」
徴兵制を導入するのに当たって生じる人々の反発。
心情的な理由の他にも存在するその原因は、徴兵とは、一種の苦役のように考えられているためだった。
共和国軍という存在はエドゥアルドたちにとって新しいものに思われたが、その共和国軍を形成している徴兵制という制度自体は、古くから存在し続けている。
それは、戦争などのためにどうしても兵士の数が足りない場合に、人々を無理やりさらってきてでも兵士にするような、そんな野蛮さを持った制度だった。
とにかく戦うのに必要な兵士がいなければ戦争に負けてすべてを奪われてしまうような状況に陥った際、あるいは傭兵を大規模に雇う経済的な余力のない時に行われる、いわば窮余の策だった。
当然、そういった徴兵によって作られた軍隊は、弱く、脆い。
兵士たちは戦闘によって自身の命をかける意義を少しも感じておらず、機会さえあればいつでも陣営から逃げ出そうと考えているし、実際の戦闘で少しでも形勢が不利になればあっという間に崩れてしまう。
戦って勝利しようという気持ちよりも、さっさと逃げ出したいという気持ちの方が勝っているから、普段の訓練もいいかげんなものとなり、練度も最低レベルに留まる。
そして、そういった徴兵によって兵士に取られるのは、多くが、借金などでにっちもさっちもいかなくなった困窮者や、はては服役囚など、社会的な弱者や素性の怪しい者ばかりだった。
だから徴兵についての人々のイメージはいいはずがなかったし、借金の返済の代わりや、服役の代わりなどの苦役としてのイメージが定着している。
徴兵されるのはそういった者たちなのに、健全に生活を送っている自分まで徴兵され、自由を奪われ、その間に自身の職によって得られたはずの利益を失うというのは耐えられないしおかしいと、多くの人々がそう考えるのも当然だった。
徴兵によって作られた軍隊は貧弱だというイメージが帝国諸侯に定着し、共和国軍を侮ることにつながっていたのも、こういった徴兵制という制度が昔から存在するためだった。
同じ徴兵制度でも、質も目的も、エドゥアルドが行おうとしているものと既存のものとでは、大きく異なっている。
しかしながら、人々は古くからの徴兵制度のイメージしか知らず、そのためにエドゥアルドが行おうとしている徴兵制の目的も理解されないのだ。
エーアリヒは、そのことで困っているようだった。
(……どうすれば、みなさんにエドゥアルドさまが行おうとしていることの、本質を理解していただけるのでしょうか? )
ルーシェとしては、徴兵制は少し怖いものだと思っている。
兵士になれる素質のない者、兵士になりたいと思わない者を無理やり兵士にするのは、やはりどうかと思うし、そうやって戦場に立つことを考えると、怖いと思うのだ。
だが、ルーシェは自分なりに、真剣にどうすればよいかを考えていた。
徴兵制による新しい軍隊を作ることは、メイドとしてルーシェが仕えているエドゥアルドの望みだったし、エーアリヒのことを手助けしたいという気持ちもある。
そしてなによりも、徴兵制によって[あの共和国軍のような]新しいノルトハーフェン公国軍を作らなければ、将来、大きな危機に直面するかもしれないというエドゥアルドたちの危惧が、ルーシェにもよくわかっているからだ。
ルーシェも、伊達にヴィルヘルムに勉強を教えてもらっているわけではないし、エドゥアルドたちの側近くで彼らが話すことを耳にしてきたわけではないのだ。
「あの、エーアリヒさま。
私、ヴィルヘルムさまから、以前、このようにうかがったことがあるのです。
君主が大事を成そうとするのならば、人をして、同じ道を歩ませなければならない。
つまり、君主に従う人々にも、君主が行おうとしていることを理解して、共感してもらって、協力してもらえるようにしないといけないって。
だから、今回の場合も、ノルトハーフェン公国のみんなに、エドゥアルドさまがなさろうとしていることの意義を知ってもらうことができればいいのかなって、そう思います。
どうにかして、エドゥアルドさまのお考えを人々に知ってもらったり、できれば、直接エドゥアルドさまと人々の代表とで、話し合いができたりするような場を設けられればいいのなって、思います。
だからといって、具体的にどんなことをすればいいかは、私にはよくわからないのですが……」
エーアリヒの話を聞いてじっくりと真剣に考え込んだルーシェは、やがて、そんなことをエーアリヒに言っていた。
そのルーシェの回答に、エーアリヒは驚いたような顔をしている。
というのはおそらく、ルーシェがエーアリヒの話す内容を理解しただけではなく、それについて自分の意見を口にすることができるなどと、エーアリヒは少しも予想していなかったからだろう。
「あの、えっと……、すみません、エーアリヒさま。
やっぱり、メイドがこんなことを言うのって、分不相応ですよね……? 」
そんなエーアリヒの様子に、また「言い過ぎてしまった」と思ったルーシェは、不安そうな顔になってそう謝罪した。
するとエーアリヒはようやく我を取り戻し、慌てて首を左右に振る。
「い、いやいや、そんなことはない!
思ったよりも、参考になったよ。
それに、なにしろ今日は、無礼講だ。
そんなことを気にすることはないんだよ」
エーアリヒはそう言ったが、それでも、ルーシェの表情は晴れない。
エーアリヒがルーシェに気を使ってそう言っているだけかもしれないと、そんなふうに思えてならなかったからだ。
そんなルーシェに、エーアリヒはあらためて、優しそうな笑みを浮かべて見せていた。
「いや、なかなか、本当に参考になったよ。
確かに、エドゥアルド公爵のご意志を、国民にしっかりと知ってもらう場を設けるのは大切だし、その点については、私にいくつか思い当たることもあるんだ。
ありがとう、ルーシェさん」
「えっと、あの……。
どういたしまして、です」
そのエーアリヒの様子で、本当に少しは役に立てたのだと理解したルーシェは、はにかんだようになっていた。




