第201話:「二次会:2」
第201話:「二次会:2」
二次会に参加しているメンバーは、限られている。
主催者であるエドゥアルドに、公爵家に連なるフェヒター、公国の宰相であるエーアリヒ準伯爵、エドゥアルドの助言者であるヴィルヘルムに、新しくできた参謀本部の参謀総長の職にあるアントン、そして来賓としてやってきていたクラウスに、クルト男爵。
そのほかには、マーリア、シャルロッテ、ゲオルク、ルーシェの、以前からエドゥアルドに仕えていた使用人に、フェヒターについて来たアンネが加わっている。
古くからの使用人たち以外は、エドゥアルドと特に関係の深い、公国の中枢近くにいる人々と言っていいメンバーたちだった。
二次会は、エドゥアルドの意向によって、無礼講ということで行われていた。
普段の立場は忘れて、堅苦しい礼儀作法は抜きにして楽しもうということだった。
しかし、ノルトハーフェン公国の中枢に、数百万もの人々の統治を担っている人々と一緒にいるのだと思うと、ルーシェはどうしても、緊張してしまう。
ルーシェがエドゥアルドのメイドになってからもう1年以上も経つのだが、スラム街で食うや食わずの暮らしをしていたころと比べると、ずいぶんと違うなと、そう実感せざるを得ないのだ。
今も、二次会が行われている部屋の中では、気軽に、だが、おそらくは国家機密に類するような内容の会話が飛び交っている。
たとえば、前オストヴィーゼ公爵・クラウスと、フライハイト男爵・クルトが一緒に座って話している席では、クラウスがしきりに、クルトから鉄道についての話を聞き出している。
クラウスはエドゥアルドと同じように鉄道に興味を持っており、将来的にノルトハーフェン公国とオストヴィーゼ公国を結ぶ鉄道路線を敷設することですでにエドゥアルドと合意し、借款という形で資金援助をノルトハーフェン公国から得られることとなっている。
しかし、資金面はそれで問題なくとも、実際の鉄道敷設に関するノウハウをオストヴィーゼ公国は有していないため、クルトからその支援を引き出そうとクラウスは試みている様子だった。
クルトの方も、あれこれと鉄道について質問してくるクラウスに、まんざらでもない様子で受け答えをしている。
自分が苦労して学んできたことを人に話すのは楽しいことであるようだったし、なにより、自分の領地に鉄道を引くという目標に目途がつき、具体的な形となって進められつつある現在、クルトはより広い範囲で鉄道を引くことを夢見るようになっている様子だった。
だからクルト男爵としても、クラウスが鉄道について関心を持っているのは嬉しいことなのだろう。
また、別の席では、ヴィルヘルムとアントンが穏やかに議論を交わしている。
その内容はどうやら、ノルトハーフェン公国に新しく設立された参謀本部の在り方についてだった。
あまり聞かない方がいいかもと思いつつも、ルーシェにはその内容が耳に入ってきてしまう。
そして、ある程度理解することもできてしまうのだ。
というのは、ルーシェは以前から、ヴィルヘルムから時折、教育というものを受けているからだった。
それも、エドゥアルドが受けてきた英才教育と同じような、政治、哲学、軍事といった内容のものだ。
そういったものを理解するためには言語や数学、科学などの基礎知識も必要だから、ルーシェはそういったことも教えてもらっている。
これは、エドゥアルドの厚意だった。
エドゥアルドがヴィルヘルムから受けていた教育を聞いているうちにある程度の内容を理解してしまったルーシェに、「そこまでできるなら、せっかくだから本格的に学んでみるといい」と、ヴィルヘルムに勉強を教えてもらえるようにしてもらえたのだ。
もちろん、優先事項はメイドとしての仕事だったから、勉強ばかりに集中できたわけではない。
しかし、せっかくエドゥアルドさまに許可していただけたのだから、という感謝の気持ちと、今まで学ぶことのできなかった自分にその機会をもらえたのだという嬉しさから、ルーシェは限られた教育の時間を精一杯に使って、できるだけのことを理解してきている。
だからルーシェは、この二次会の席で気軽に話されている国家機密に類する内容も、ほぼわかってしまう。
もちろん、それを外部に漏らすようなつもりは一切ないのだが、そんな重要な話が気軽にされるような場所に自分がいていいのかと、なんだか心配になってしまうのだ。
その点、カイとオスカーはいいなぁ、とルーシェは思っていた。
二次会の場には、ルーシェの家族、犬のカイと、猫のオスカーの姿もあった。
といっても2匹は別におしゃべりを楽しんでいるわけでもなく、ご馳走のご相伴にあずかりたらふくと食べ、すっかり満腹して、暖かな炎が燃えている暖炉の前で幸せそうに眠りについている。
かわいい、と思うのと同時に、ルーシェは、国家機密が平然と飛び交う場にいてものんきでいられる2匹のことがうらやましかった。
「どーしたんですか? ルーシェ先輩!
なんだか、緊張してませんか? 」
その時、エドゥアルドとフェヒターの席から戻って来たアンネが、そう言いながら少し心配そうな表情でルーシェの顔をのぞき込んできた。
「んっ……と、少し。
だって、なんだか、聞いちゃいけないようなお話をしているんですもの」
ルーシェは少しだけ躊躇したが、素直に緊張していることを認め、アンネにそう打ち明けていた。
するとアンネは、「あー、なるほど、確かに! 」と、納得したようにうなずく。
「でもまぁ、いいじゃないですか。
ご主人様たちからあたしたち、すっごく、信用されているってことですし! 」
しかしアンネは、そう言ってルーシェの心配を笑い飛ばした。
(そうなのかな……?
確かに、アンの言うとおり、エドゥアルドさまたちから信用していただけているのでしょうけど……)
ルーシェはアンネの前向きな論理になるほどと思いつつも、やはり、場違いな場所にいるのではという不安がぬぐえない。
「ルーシェ、そう深く考えずともいいのですよ。
要するに、どんな秘密を知ってしまったとしても、それを決して漏らさなければよいだけのことなのですから。
それより、せっかく公爵殿下のご厚意で参加させていただいているのです。
ゆっくり、楽しませていただきましょう? 」
そんなルーシェの心情を察してか、シャルロッテがそうはげますような口調で言う。
「そ、そうですよね、シャーリーお姉さま! 」
その言葉で、ルーシェも、今はとにかく、二次会を楽しむべきなのだと考え直して、用意された料理を取り皿によそって、口の中に頬張った。




