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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第13章:「啓蒙専制君主」

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第200話:「二次会:1」

第200話:「二次会:1」


 狩りはじめの儀式の酒宴は盛況のうちに終わりを迎えていたが、それは結局、儀式に過ぎなかった。

 エドゥアルドは酒宴の間ずっと楽しそうな様子を見せていたが、しかし、実際のところはずっと気を張りっぱなしで、少しも楽しめなどしない。


 なぜなら、多くの客人を招くということは、それだけ多くの人々からエドゥアルドの行動が逐一、観察されるということだからだ。


 エドゥアルドの一挙手一投足から、人々は様々な情報を得ようとする。

 エドゥアルドの心理状態や健康状態、対人関係などなど。

 そして、そういった断片的な情報からウワサが広まり、尾ひれがついて、事実でも何でもない事柄が人々の間でまことしやかにささやかれるようなことになったりするのだ。


 仮に悪いウワサが広まった時、エドゥアルドの耳にそういった状態になっているという知らせが入ってくる頃には、ある程度の問題に発展していることだろう。

 そして、根も葉もなく立ってしまったウワサを払しょくするために、エドゥアルドは無駄な労力をかけなければならなくなるのだ。


 ノルトハーフェン公国の改革と富国強兵。

 そのことに集中したいと思っているエドゥアルドにとって、そんな事態に陥るのは避けたいことだった。


 だから、いつも公式な場に出る時には、気を使う。

 自身の話す言葉や口調、表情、仕草、そのすべてに最大限の注意を払い、エドゥアルドの意図が正確に伝わり、余計な邪推などをされることがないように注意する。


 だが、特に関係の深い間柄にある人々だけを招いた二次会の席では、エドゥアルドはもう、そんな気づかいをする必要はなかった。

 みんなエドゥアルドと親しく、エドゥアルドがどんな人間なのかを知っている人たちばかりだったから、変な誤解をされたり邪推されたりする心配をしなくて済むからだ。


「あー……、今日は、本当に疲れたな」


 二次会の席でのエドゥアルドは、狩りはじめの儀式の間で見せていた毅然きぜんとした公爵としての態度ではなく、すっかりだらけて、緩んだ様子を見せていた。

 儀式用の正装から、くつろぎやすい楽な恰好に着替え、ソファに深く腰かけて、姿勢を崩している。


「なんだ、エドゥアルド?

 そんな姿を見られたら、ちょっとしたスキャンダルになるぞ? 」


 そんなエドゥアルドの姿を目にして、ワインのそそがれたゴブレットを手にしたフェヒターが呆れたような口調でそう言った。


「別に、かまわないだろう?

 どうせ、ここにいるのは知った仲の相手ばかりなんだから」


 かつての政敵からの言葉にも、エドゥアルドの反応は物憂げなもので、緊張感の欠片もない。


「フン、まぁ、いいさ。

 [公爵としてお前]は、うまくやってくれていたからな」


 フェヒターもまた、すっかり油断しきっているエドゥアルドにそれ以上はなにも言わず、肩をすくめるとワインを口へと運んでいた。


 その2人の間には、かつて存在した敵意は、すっかりなくなっていた。

 つい1、2か月前までは、互いに不倶戴天ふぐたいてんの敵として憎み合っていたのだが、フェヒターがエドゥアルドの実力を認め自身の負けを受け入れるのと共に、フェヒターという存在について誤解していた部分があったとエドゥアルドが気づいて以来、2人の関係はまったく変わってしまっていた。


 同じ、公爵家に連なる者として。

 フェヒターはエドゥアルドを支えることに徹し、エドゥアルドもまた、フェヒターのことを自分と同じ血筋の者として、身内の1人だと考えるようになっている。


 少年の内に父親を失い、幽閉同然に暮らしていたエドゥアルドには、実を言うと信頼のおける仲間というのが少なかった。

 監視下に置かれた窮屈きゅうくつな生活をしていたため、エドゥアルドは自由に交友関係を持つことができなかったのだ。


 今は、ヴィルヘルムという助言者に、エーアリヒという行政手腕に長けた有能な宰相がおり、軍事の面ではアントンという人材を得ることができたが、そんなエドゥアルドにもまだ、自身の立場を理解し、共感してくれる相手はいなかった。


 その、今までいなかったポジションに、フェヒターがおさまっていた。

 エドゥアルドと同じノルトハーフェン公爵家の血を引く、エドゥアルド以外ではただ1人だけの人物となったフェヒターは、エドゥアルドにとっての良き理解者になりつつあるのだ。


「うまくやってくれたのは、ヨーゼフ、お前もじゃないか」


 かつての自分からは想像もできないような変化だったが、エドゥアルドはフェヒターのことをヨーゼフと、名前で呼ぶようになっている。

 もう、他人行儀に呼び合う仲ではなくなっているからだ。


「あの、乾杯の音頭。

 あれは、すごく助かった」

「いや、あれは……」


 エドゥアルドから素直な感謝の言葉を受けたフェヒターだったが、彼はなぜか、少しバツが悪そうな顔をする。


「あれは、実は、アンからの入れ知恵だったんだ。


 タイミングをみて、お前のことを称賛して乾杯すれば、今のオレたちの関係が以前とは違うことをはっきりと見せつけられるし、エドゥアルド、お前の立場を強化することもできるだろうから、って」

「ふっふーん、どうですか? 公爵殿下!


 ご主人様のこと、準伯爵とかにしてくれちゃってもー、いいんですよー? 」


 自分の功績だとは言わず、アンネのおかげなのだと白状したフェヒターの隣にいつの間にかやってきていたアンネが、得意げなどや顔を浮かべている。

 二次会に参加しつつも、[女子会]などと言って女性だけの集まりを作ってそこで楽しそうにおしゃべりをしていたアンネ・シュティだったが、どうやらエドゥアルドとフェヒターの会話に自分の名前が出てきたことを聞きつけ、素早くやってきた様子だった。


「別に、そういうのはいらない。

 オレはそういうのが欲しくて、ああしたわけじゃない」

「えー、そんな、遠慮しないでくださいよぅ、ご主人様ぁ~。

 ほら、出世したご主人様って、今よりももーっと、カッコいいですよ! 」


 フェヒターは別に褒美ほうびなんかいらない、という態度だったが、アンネは積極的なようで、おねだりするような声を出している。

 どうやらアンネは、フェヒターを幽閉状態から救出することに成功してからは、今度はフェヒターを出世させることを目論んでいるようだった。


 それが、フェヒターに拾ってもらったことに対する、アンネなりの恩の返し方なのだろう。


 そのアンネのしたたかさに感心と怖れのようなものを抱きながら、エドゥアルドは「考えておくさ」とだけ言って、飲み物を口へと運ぶのだった。


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