第194話:「公爵の迎え」
第194話:「公爵の迎え」
どうして、ルーシェに会わなければならないのか。
そもそもなぜ、休んでいるはずのルーシェが、さらに憔悴して、衰弱してしまっているのか。
エドゥアルドにはさっぱり理解できなかったが、いつの間にかエドゥアルドはメイドたちの画策によって、ルーシェと会うことになっていた。
エドゥアルドとルーシェはせいぜい、2、3日くらいの間顔を会わせなかっただけなのだ。
多少、物足りなさというか、寂しさのような気持を抱きはしたものの、エドゥアルドにはそこまで深刻な問題ではなかった。
なぜなら、ルーシェにはいつでも会いに行くことができるからだ。
彼女はエドゥアルドのメイドであり、ヴァイスシュネーに部屋を与えられてそこに住んでいるのだから、会おうと思えば簡単に会える。
それに、そもそも休みが終われば、またルーシェとは毎日のように顔を会わせることになるのだ。
なにか気晴らしになるようなことに誘ってやろうかとも考えてはいたが、エドゥアルドはむしろ、せっかくの休みだから、必要以上にルーシェに会いに行くのはかえって迷惑だろうとも考えていた。
フェヒターとのこともあって、にわかに忙しくなったということもあり、エドゥアルドはルーシェに会いに行こうとは考えていなかった。
しかし、いったいどういうなりゆきか。
エドゥアルドは、ルーシェの部屋の前に立っていた。
(どうして、わざわざ僕が呼びに来る必要があるのだろう? )
シン、と静まり返っているルーシェの部屋を前にしながら、エドゥアルドはわざわざ公爵である自分にルーシェを呼びに行かせたメイドたちの行動が理解できずに、怪訝そうな表情を浮かべていた。
普通、こういったことはエドゥアルドではなく、使用人たちに代わりにやってもらうものなのだ。
これは、別にエドゥアルドが面倒くさがっているからというわけではない。
貴族と平民という明確な身分制度のある帝国では、貴族であるエドゥアルドが、平民であるルーシェをわざわざたずねていくということは、それだけで[過剰な礼儀]になってしまうからだ。
貴族と平民という身分制度が存在する帝国では、貴族と平民が会うことは、それだけでも名誉あることとされている。
ましてや、公爵という、皇帝を除けば最高位の貴族と会うとなればなおさらのことだ。
そして、エドゥアルドのような高位の貴族がある相手に会うために自ら出向くというのは、最高レベルの礼を示すものとされていた。
国家にとって重要な、有力者を相手にすることなのだ。
別に、相手を尊重しているという態度を示す行為なのだから、いくらでも好きに行ってもいいだろうとも思えるかもしれない。
しかし、平民にさえ最高レベルの礼儀を示していると、実際に有力者と会おうという時に、それが[格別な相手なのだ]ということを示すことができなくなってしまう。
強い言葉をむやみやたらと乱用していては、結局その言葉の意味も卑賎化してしまうのと同じように、過度な礼儀を示すことは、その礼儀を示すことの[重み]を失わせることになる。
特別な場合にのみ示す特別な礼儀を乱発していては、格別な相手にその格別差を示すことができなくなるし、「なぜ、自分には同じ礼儀を示してくれないのか」と、不平を招くことにもつながる。
公爵ほどの身分になると、敬意の示し方についても、考えなければならないのだ。
だが、エドゥアルドは、ルーシェの部屋の扉をノックしていた。
確かにエドゥアルド自身が迎えに行くというのは過剰な礼儀ではあったが、これはあくまで内々の、エドゥアルドの家でもあるヴァイスシュネーの中でのことでもあり、相手もルーシェだから、「別に、これくらいはいいか」と、そうエドゥアルドは思ったのだ。
「……どうぞ」
エドゥアルドのノックから少しして、部屋の中からルーシェの、今にも消えてしまいそうなか細い声が返ってくる。
(本当に、弱り切っているみたいだ……)
その、元気で明るい普段のルーシェからは想像もできないような声に、エドゥアルドは心配になってきてしまった。
シャルロッテから衰弱していると聞いてはいたが、思っていた以上に具合は良くない様子だった。
「入るぞ、ルーシェ」
これは、確かに自分が来て正解だったかもしれない。
メイドたちの言うとおりにしてよかったと内心で思いながら、エドゥアルドはルーシェの部屋の扉を開いていた。
部屋の中は、暗い印象だった。
カーテンは開いているし、外からの明かりで明るさは十分にあるのだが、肌で感じる雰囲気が暗く、重いのだ。
そしてその部屋に置かれたベッドの上で、暗い顔でうつむいたルーシェが、膝を抱えている。
その有様はまるで、不治の病にかかっている病人であるかのようだった。
あまり、ルーシェは眠れていないのだろう。
その眼もとにはクマがあり、食事もロクにとっていないらしく、ルーシェの顔はなんとなくやつれて見える。
その瞳からも、いつもの輝きが消え失せている。
そのルーシェの様子にエドゥアルドがぎょっとしていると、エドゥアルドがやってきたことに気づいたルーシェが、ゆっくりとした緩慢な動きで顔をあげた。
「えっと……、エドゥアルド、さま……?
エドゥアルドさまっ!? 」
最初、ルーシェはエドゥアルドのことを幻覚かなにかだと思ったらしく虚ろな視線のままだったが、すぐにエドゥアルドが本物であると気づいたのか、驚愕に目を見開いていた。
「ぅへっ!?
な、なんで、エドゥアルドさまが、私の部屋にっ!?
あわっ、あわわわわわぁっ!? 」
それからルーシェは、慌てふためく。
自分の部屋にエドゥアルドがたずねてくるとは思いもよらず、ここ数日は特に、部屋の中の整理整頓を怠っていたからだ。
「すっ、すみません、散らかっていてっ!
いっ、今すぐ、きれいに片づけますからっ……!
……きゅぅぅ」
だが、手をばたつかせてまるで変な踊りを踊っているようになっていたルーシェは、突然、ベッドの上に倒れこんだ。
どうやら弱っていたところに急に動いてしまって、目を回してしまったらしい。
「おっ、おい、ルーシェ!
大丈夫かっ!? 」
そんなルーシェに、エドゥアルドは慌てて駆けよっていた。
※作者注
カイはいろいろと限界に到達してしまったために脱出しました。




