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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第12章:「メイド、ざわつく」

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第186話:「仇敵:2」

第186話:「仇敵:2」


 離れの中は、コンラートの記憶にある様子とはかけ離れたものとなっていた。

 リビングに置かれていたはずのソファやテーブルなどはすべて隅に片づけられ、代わりに、そこには剣技のトレーニングのための兵士を模した人形が用意されている。


 そしてそのトレーニングルームで、フェヒターは上半身裸になって、熱心に剣の鍛錬に励んでいた。


 フェヒターが幽閉されるようになってから、もう、半年以上が経過している。

 にもかかわらず、フェヒターの肉体はよく鍛えられ、筋肉がしっかりつき、むしろ以前よりもたくましいものとなっていた。


 それは、フェヒターがこうして、毎日、鍛錬を欠かさずに行って来たためだった。


 フェヒターの身体から汗が飛び散り、訓練用の木剣が、人形に被せられた鎧を叩く音が激しく響き渡る。

 その鬼気迫るフェヒターの様子に、コンラートはすぐには声をかけることができず、気後れしているように部屋の出入り口で立ちすくんでいた。


 コンラートが気後れするのも、当然だっただろう。

 なぜなら、以前、コンラートとフェヒターとは、共に同じ野心を抱き、盛んに陰謀を企てていた、同志だったはずなのに、今はすっかり真逆の立場にいるからだ。


 フェヒターからすれば、エーアリヒ準伯爵は裏切り者だった。

 自分の罪を回避するためにフェヒターをエドゥアルドに売り渡し、自分は以前と変わらず公国の中枢にい続けているのだと、フェヒターからはそういうふうに見えているはずだった。


 そしてコンラートは、そのエーアリヒの腹心であり、もっとも近しい立場にいるのだ。


 加えて、コンラート自身、フェヒターには負い目も感じていた。

 エドゥアルドに忠誠を誓うと主人が決断したからそれに従ってはいるものの、あれほど、若年の頼りない公爵、[すずめ公爵]として侮っていたエドゥアルドの陣営に鞍替えするのは、やはりあまりにも節操がなく、見苦しいものだと思えるからだ。


 複雑そうな表情でコンラートが見つめていると、やがて、フェヒターの鋭い打撃によって人形の兜が宙に弾き飛ばされた。


 そしてその兜が床に落ちてゴロゴロと転がると、ようやくフェヒターは鍛錬を切り上げて、コンラートに皮肉交じりの言葉を投げかけていた。


「コンラート、それで?

 今日は、どうしてオレのところに来たんだ?


 お前は今、あのすずめ公爵に尻尾を振るので、忙しいはずだろう? 」


 そのフェヒターからの裏切りを非難するような言葉に、コンラートは言い返せずに苦しそうな表情を見せてから、一度深呼吸をして気持ちを落ち着けると、用件を切り出した。


「……実は、フェヒター準男爵様に、お客様がお見えでして」

「客?


 このオレに、客だと? 」


 するとフェヒターは、両手を左右に大きく広げて大げさに驚いてみせた後、憎々しげな視線と木剣の切っ先を、をコンラートへと向けた。


「ふざけるなよ、コンラート!


 いくらオレが愚か者だからといって、自分の状況くらいはよくわかっている!


 オレは、敗者だ!

 負け犬だ!


 共に同じ野心を抱いていたはずのお前たちからは裏切られ、使い捨てにされて、なんの力も後ろ盾もない!

 部下どもも、誰1人としてオレのことなんか気にかけずに四散して、孤立無援!


 そんな惨めなオレに、今さら、客だと!?

 そんなたわごとでこのオレをおちょくるのも、いい加減にしろ! 」

「お怒りは、ごもっともかと存じます。


 しかし、本当に、フェヒター準男爵様にお客様がおいでなのです」


 フェヒターから向けられる激しい憎悪にたじろぎながらも、コンラートは引き下がらずに用件をくり返す。


 フェヒターに負い目を感じ、全身からにじみ出る怒りと、その若く鍛えられた肉体から放たれる熱気で気圧されているコンラートだったが、彼も、ベテランの執事だ。

 エーアリヒ準伯爵の腹心として様々な機密事項に関与し、いくつもの修羅場をくぐり抜けているだけに、ここでフェヒターに追い散らされるようなことはなかった。


「すでにお客様はこのお屋敷にご到着されておりまして、ただ今、母屋の応接間にて、フェヒター準男爵様がお会いくださるのをお待ちになっておられます。


 お怒りはごもっともなことと存じますが、なにとぞ、ご返答をお聞かせいただきたく」


 冷や汗を浮かべながら、しかし、フェヒターのことをまっすぐに見つめながらそう言うコンラートの様子で、フェヒターも、本当に自分に客がやって来たのだと信じるつもりになったようだった。


「……。


 本当に、オレに客なのか? 」


 驚き、きょとんとした表情になったフェヒターは、そう呟くとコンラートへと向けていた木剣の切っ先をおろして、そう呟いていた。


「それで、その客とやらはいったい、誰なんだ? 」


 それからフェヒターは、自身の汗をぬぐうためにタオルを手に取りながら、コンラートにそうたずねる。


 コンラートは、あまりの緊張で表情を固くし、冷や汗を浮かべながら、ゴクリ、とまた喉を鳴らしていた。

 それからコンラートは、自身に背を向けて汗をふいているフェヒターへと、訪問者の名を告げる。


「本日、お越しになっているお客様の名前は、エドゥアルド。


 ノルトハーフェン公爵・エドゥアルド様でございます」

「なっ、何だとっ!!? 」


 そのコンラートの言葉に、フェヒターはタオルを投げ捨てながら振り返り、驚きと敵愾心てきがいしんむき出しの表情でそう叫んでいた。


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