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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第12章:「メイド、ざわつく」

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第185話:「仇敵:1」

第185話:「仇敵:1」


 ヨーゼフ・ツー・フェヒター準男爵。

 当初、エドゥアルドたちによってその身柄は厳重な監視下に置かれていたが、現在、その監視の役割は、かつてフェヒターと共に公爵位簒奪こうしゃくいさんだつの陰謀を企てたエーアリヒ準伯爵の手元にあった。


 以前は、フェヒターはエドゥアルドたちにとって、摂政として公国の実権を掌握していたエーアリヒに対抗するための、切り札だった。

 簒奪さんだつの陰謀にエーアリヒの関与があったことをすべて知っている証人がフェヒターであり、その身柄を確保しておくことで、エドゥアルドは公爵の名をもっていつでもエーアリヒを処断できる立場に立つことができたからだ。


 しかし、エーアリヒがエドゥアルドの忠良な臣下へと転向すると、フェヒターの人質としての意味は薄れていた。


 エドゥアルドたちにとってもはやさほどの利用価値もなく、かといって処断することもできず、宙に浮いた状態となったフェヒターへの処遇について、エーアリヒにあずけようと言い出したのは、ヴィルヘルムだった。


 この処置には、2つの意味があった。

 1つは、エーアリヒの罪の動かぬ証拠であるフェヒターをエーアリヒの預かりとすることで、エドゥアルドもまた、エーアリヒを信頼したのだということを示すという意味。

 もう1つは、フェヒターに、自分が完全に失脚し、再起できる可能性すらないのだということを、思い知らせるためだった。


 かつてはともに陰謀を企んでいたはずの相手が、今や、完全にエドゥアルドに忠誠を誓っている。

 その事実を見せつけられれば、フェヒターもその野望をあきらめざるを得ないはずだった。


 もちろん、この措置には、多くの異論が出た。

 エドゥアルド自身も内心で不安を抱いていたのだが、いつまでもフェヒターのことで自分の手を煩わせたくない、さっさと縁を切りたいという思いもあり、この思い切った決定を下したのだ。


 そして今、フェヒターは、ポリティークシュタットの市内にあるエーアリヒ準伯爵の私邸で、厳重な監視の下で幽閉されている。


────────────────────────────────────────


 ポリティークシュタットに作られたエーアリヒ準伯爵の私邸は、いつでも公爵の招集に応じて出頭できるように、エドゥアルドの居館でありノルトハーフェン公国の政庁でもあるヴァイスシュネーからほど近い場所に建てられていた。

 その敷地は広く、都市部にあるというのが信じられないほどのもので、その広大な敷地の中にいくつもの建物が建てられ、エーアリヒ準伯爵は使用人や警護の兵士たちと共にそこで暮らしている。


 このように広い敷地を与えられているのは、エーアリヒの一族が代々、ノルトハーフェン公国の重臣として重要な地位を占めてきた家柄であるからだったが、ポリティークシュタットの始まりが、時の公爵がノルトハーフェン公国の首府として人為的に建設した都市であるからでもあった。


 元々、交通の便が良かったことから近くに宿場町が栄えていたのだが、その交通の便の良さに着目したとある公爵がこの地に新たな首都を建設すると決め、現在のポリティークシュタットの基礎となるものを築き上げた。

 そしてその際、なにも建物の建っていない更地を建設用地として利用することができたため、公爵は自身の臣下たちのために十分な敷地を与えることができたのだ。


 特に、エーアリヒ準伯爵家の私邸は広大であるのと同時に、美しいことでも知られていた。

 建物にも凝った意匠が施されているが、チューリップと呼ばれる、バ・メール王国で品種改良された観賞用の花で埋めつくされた庭園が特に有名で、毎年春頃になるとエーアリヒ準伯爵は親しい人々を招いたり、一般の民衆に屋敷を解放したりして、多くの人々の目を楽しませている。


 もっとも、夏が終わり、秋へと向かいつつあるこの季節には、チューリップの愛らしい花を見ることはできなかった。

今は、秋ごろに始まるチューリップの球根の植えつけのための準備で、多くの使用人や雇われた園芸業者が忙しく働いているところだった。


 その、使用人たちや業者が働いている姿を横目にしながら、エーアリヒ家に先代の当主の時代から仕えている老いた執事、コンラートが、気難しそうな顔で歩いていた。


 コンラートはもう老人と呼んでいい年齢で、その髪はすっかり白くなり、身体には年季を感じさせる多くのしわが刻まれているが、その眼光は鋭く、その頭脳が未だに明晰めいせきであることを主張している。


 執事服に身を包んだコンラートが向かっているのは、屋敷の裏手側。

 高い塀と屋敷の母屋の建物に囲まれ、外部からその存在を見ることのできない、ひっそりとした場所に建てられている離れだった。


 元々は、準伯爵家の人々がプライベートな時間を過ごすために建てた離れは、母屋と比較するとずいぶんと小ぢんまりとした造りになっていた。

 しかし、その内装は充実していて、寝室やリビング、食堂、書斎、風呂、そして最新式の水洗トイレなど、高位の貴族にふさわしいものが整っている。


 本来であれば、準伯爵家の人々がゆっくりとくつろげるように人払いがされ、静けさに満たされた中にその離れは建っているはずだったが、今は、周囲を何人もの兵士たちによって厳重に、物々しく監視されていた。


 それも、どちらかと言えば、離れの外からやって来る人間を警戒しているというよりは、その中にいる人間が逃げられないように監視しているような様子だった。


 エーアリヒ準伯爵家に雇われた兵士たちは、当然、エーアリヒ家に古くから仕えているだけではなく、エーアリヒ準伯爵の腹心として様々な機密事項に関わって来たコンラートのことをよく知っていた。

 兵士たちはコンラートが近づいてくるのに気づくとみな姿勢を正して彼を出迎え、そして、用件を聞かされると、すぐにコンラートを離れへと通してくれた。


「フェヒター準男爵様。


 わたくしです。

 コンラートです」


 そして離れの玄関へとたどり着いたコンラートは、礼儀正しく、長年の経験による熟練を感じさせる洗練された手つきで扉をノックした。


「入れ」


 するとすぐに、離れの中からはそう答える声が返って来る。


「失礼いたします」


 フェヒターからの返答を聞くと、コンラートは緊張しているのかゴクリと唾を飲み込み、額に冷や汗を浮かべながら、そう言って静かに離れの中へと入って行った。


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