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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第12章:「メイド、ざわつく」

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第179話:「正体:1」

第179話:「正体:1」


 シャルロッテの後をずっとつけてきていた、誰か。

 その誰かは、かなりうまく、気配を隠していた。


(しかし、素人ですね)


 だがシャルロッテは、そう、相手の実力を見透かしていた。


 相手がうまく足音を忍ばせることができていたのは、おそらく、靴底に綿をはりつけたり、布を何重かに巻きつけたりして、音を出にくくしているからだ。

 だが、専門の訓練を受けたわけではないから、こうして、シャルロッテにその存在がバレてしまっている。


 おそらく、相手はかなり賢く、思慮深いものの、こういった隠密裏おんみつりの行動については素人に違いなかった。


(公爵殿下のお命や、我が公国の機密を狙うスパイではないようですね……。


 ならば、何者でしょうか? )


 シャルロッテは内心で相手の正体についてあれこれ推察しつつ、ランプの明かりを囮として残し、訓練された忍び足で一切の足音を消しながら、密かに相手の背後へと回り込んでいった。


 公子のための部屋だから、内装が豪華なだけではなく、部屋の中にいくつも部屋がある、というような作りになっている。

 その部屋と部屋のつながりは複雑なもので、シャルロッテのようにその構造を熟知しており、気配を消す手段を心得ている者ならば、容易に回り込むことが可能だった。


 相手はまだ、シャルロッテがなにも気づいていないと、そう思っている様子だった。

 そして、部屋の中でなにかを探しているのか、足音をできるだけ忍ばせつつも、うろうろとさまよっている様子だった。


 もしかすると、手元に明かりがないために、暗がりの中で満足に動けずにいるのかもしれない。


 シャルロッテも暗がりのせいで周囲がよく見えないというのは同じだったが、しかし、シャルロッテは部屋の構造や内装の配置をすべて把握していた。

 なんなら目を閉じていても、動き出した場所の位置さえ把握できていれば、問題なく部屋の中を移動できるほどだった。


 そうしてシャルロッテは、自分をこっそりとつけてきていた相手の背後を取っていた。

 部屋の奥からわずかにれてくるランプの明かりで浮かび上がるようにおぼろげに相手の背中が見えると、シャルロッテはスカートの中からそっと、ナイフを取り出していた。


「……」


 しかし、シャルロッテは暗闇の中で、相手が自分の知っている者だと気がつくと、双眸そうぼうを鋭く細め、そして、ナイフを元の場所にしまい込んだ。


 相手は、まだ、シャルロッテに気づいていない。

 やはりなにかを探しているのか、部屋の中をきょろきょろと見回しながら、明かりがない中を余計な音を立てないよう、手探りで慎重に進んでいく。


 シャルロッテは、そんな相手のすぐ背後にまで忍びよって行った。

 そして、唐突に、少し強めの声で、その名を呼ぶ。


「アンネ・シュティ。

 こんなところで、いったい、なにをしているのですか? 」

「わっ、わぁぁぁっ!? 」


 そのシャルロッテからの呼びかけに、大きくおでこの見えるふたつおさげの金髪と碧眼へきがんを持つ小柄な少女、アンネは、身体をビクンと震わせ、たまらず悲鳴をあげていた。


────────────────────────────────────────


 驚き、慌てて、シャルロッテの方を振り返ったアンネは、なんとかとりつくろおうとはしていたが、あからさまにおびえ、動揺しているような表情を浮かべていた。


「あ、ああ、もう、シャルロッテ様!

 いきなり、おどかさないでくださいよぅ」


 アンネは精一杯の笑みを浮かべて、そうシャルロッテに抗議するように言いつつも、その顔には冷や汗が浮かんでいる。


(やはり、本職ではありませんね)


 その様子に、シャルロッテは、アンネが本当に外部から入り込んだスパイなどではなく、自発的になにかの目的をもってシャルロッテの後をつけ、このヴァイスシュネーを探っていたのだろうと判断した。


 もちろん、外部から入り込んだスパイではなかったからといって、アンネの行動が不審であることには変わりがない。


「アン。

 もう1度聞きましょう。


 いったい、ここでなにをしていたのですか? 」


 シャルロッテは、アンネがどんな動きを見せても対応できるように油断なく自然体でかまえながら、アンネに再びそうたずねていた。

 その言葉の強さには、「はぐらかそうとしても、無駄です」という意味も含まれている。


 それは、アンネにもしっかりと伝わっているはずだった。

 しかし彼女はわずかな間に素早く思考をめぐらせると、にっこりと人当たりの良い笑顔を浮かべて、シャルロッテに向かって言う。


「や、やだなぁ、シャルロッテ様!

 そんな怖い顔、しないでくださいよぅ。


 私は、ただ、たまたま、偶然、シャルロッテ様のお姿をお見かけしたので、「こんなお時間までお仕事なんて、大変だなー」と、できるならお手伝いしようと思いまして!


 シャルロッテ様、あたしにお手伝いできること、なにかありませんか!? 」


 それは、あまりにも苦しい言い訳だった。

 アンネは賢い娘だったが、これほどの窮地きゅうちに追い込まれてしまっては、こんな、苦しい言い訳しか思いつけないようだった。


 シャルロッテは、少し呆れたようにため息をつくと、怜悧れいりな視線でアンネをにらみつけ、静かに指摘する。


「なら、アン。


 その靴は、どういうことなのですか? 」

「えっ、靴、ですか? 」


 アンネは怪訝けげんそうにそう呟くと、シャルロッテに言われた自身がはいている靴を見おろし、そして、「あっ」と、自身の大失敗に気づいたような声をらした。


 アンネがはいているくつ。

 それには、足音を消すために、幾重にも布が巻かれていたからだ。


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