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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第12章:「メイド、ざわつく」

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第173話:「散歩」

第173話:「散歩」


 カイと一緒に遊ぼうと決めたルーシェは、せっかくならオスカーもと、そう思って彼のことを探してみたが、残念ながらその所在はわからなかった。


 なにしろオスカーは、猫だ。

 身軽で柔軟な身体を持つ彼は、ヴァイスシュネーのあらゆるところを自由気ままに闊歩かっぽしており、彼がルーシェに会いたいと思って姿をあらわすか、ご飯の時か、部屋で一緒に休む時以外には、簡単に出会うことはできないのだ。


 しかたない、とあきらめたルーシェは、私服に着替えると、カイをともなって部屋を後にした。


 ルーシェの私服、といっても、普段身に着けているメイド服と、あまり変わりがない。

 なぜならルーシェは、メイド服以外の服を持っていないからだ。

 だからとりあえずエプロンなどを外し、楽に動き回れる格好を私服、ということにルーシェはしている。


 カイと遊ぶ、と言っても、さすがに、無邪気に駆けまわって遊べるような場所は近くにはなかった。

 ヴァイスシュネーは大きな城館だったが、ポリティークシュタットという都市の中心部分に作られたもので、防御施設としての機能もあわせ持っているから、犬が自由に駆けまわれるような広大な原っぱといったような気の利いた場所はさすがにないのだ。


 だからルーシェとカイは、ふらふらと、ヴァイスシュネーの内部を歩き回ることにした。

 ただなにかをするわけではないものの、普段あまりじっくりと観察したことがないようなヴァイスシュネーの豪華で精巧な作りの内装や、人々が働いている様子を見物するだけでも、カイと一緒なら楽しいものだった。


 カイは、上機嫌でトコトコとルーシェの足元を一緒に歩いている。

 おそらく彼は毎日の日課であるお散歩を終えて部屋に休憩きゅうけいしに戻って来たところだったはずだったが、ルーシェとの散歩は、いわゆる[別腹]というものなのだろう。


 メイドとしてヴァイスシュネーで働くようになってずいぶんと時間が経ってはいたが、ルーシェはまだ、ヴァイスシュネーのすべてを把握しているわけではなかった。

 アルエット共和国に出征するエドゥアルドについていったりもしたし、普段はエドゥアルドのおつきのメイドとして働いているから、ヴァイスシュネーの内部を落ち着いてじっくり見物する機会など、今までなかったのだ。


 改めて見てみると、その壮麗さには、眩暈めまいがするようだった。


 ヴァイスシュネーは、ノルトハーフェン公国の国家元首である公爵の居館であるのと同時に、政庁として建設されたものだ。

 その役割には、外部からの来客を出迎え、もてなすという機能もあったから、来客の目を楽しませ、ノルトハーフェン公国の力量を示すために、ヴァイスシュネーの内部には様々な装飾が施されている。


 まるで、おとぎ話に出て来る、王様のお城。

 そんな印象だった。


 だが、うって変わって、質素な作りの場所もある。

 それは、来客などが立ち入らない奥まった場所、公爵とその家族が生活する私的な空間や、ヴァイスシュネーが持つ防御設備としての機能を担っている場所だ。


 ノルトハーフェン公爵家は、代々、華美な生活は好まなかった。

 それは、「そんなところにお金を使うよりも、経済力や軍事力のために使うべき」という現実的な考え方が継承されてきているからであり、その考え方が、現在のノルトハーフェン公国の繁栄をもたらしているとも言える。


 それに、いくら豪華絢爛な装飾も、毎日同じものを見ていると、つまらないものに思えてきてしまうだろう。

 だから、毎日を同じ場所で過ごす以上、歴代の公爵は華美よりも落ち着いた雰囲気、そして使いやすさを好んできたのだ。


 そのノルトハーフェン公爵家の質実剛健さは、ルーシェには好ましいものに思えた。

 スラム街にいたころは、「きっと、貴族様は豪華で贅沢な生活を送っているのに……」と、そう恨めしく貴族のことを思うこともあったのだが、その実際の暮らしぶりを見ると、その印象をルーシェは改めざるを得なかった。


 もちろん、エドゥアルドの暮らしぶりは、スラム街の人々とは雲泥の差ではあるのだが、少なくとも、できるだけ無駄遣いはしないようにしていることはわかる。


 そしてルーシェは、段々と、自分たちに与えられた部屋の景色と同じくらい、見覚えのある場所に近づいていた。


 そこは、エドゥアルドが普段暮らしたり、仕事をしたりするのに使っている場所だった。

 エドゥアルドのおつきのメイドとして働いているルーシェは、手が空いていれば積極的に他の仕事も行っているのだが、その多くの時間は、エドゥアルドのいる場所にいるのだ。


 そのルーシェにとって見慣れた、そして離れたくないと思っている場所に彼女がたどり着いたのは、偶然ではなかった。

 ルーシェ自身も気がついてはいなかったのだが、彼女の足は自然と、エドゥアルドの方へ、エドゥアルドのいる方へと、向いていたのだ。


(エドゥアルドさま……)


 エドゥアルドがいるはずの執務室の前で立ち止まると、ルーシェは思わずじっと、執務室の扉を、自分とエドゥアルドとを隔てているそれを、見つめていた。


 そんなルーシェのことを、カイは不思議そうに見上げていた。

 「どうして急に立ち止まったの? 」と聞きたそうな、きょとんとした顔だ。


 ルーシェは、そんなカイの様子にも気づかず、じっと、扉を、その向こうにいるはずのエドゥアルドがいる方を、見つめている。


 きゅっ、っと、胸の中が絞めつけられるように、苦しかった。


 エドゥアルドの側に、いられない。

 そのことを思うと、ルーシェはどうしてか、落ち着いていられない。


 そしてなにより、エドゥアルドの側にアンネがいると思うと、ルーシェの心の中は激しくざわつくのだ。


 その時、ルーシェの耳に、「コーヒーを頼む」と言う、エドゥアルドの声がかすかに聞こえてくる。


 ドア越しの、くぐもった声だったが、ルーシェがそれを聞き逃さなかったのは、それがエドゥアルドの声だったからだ。


 そしてその声に続いて、アンネの、「はい! すぐにお持ちしますね! 」という明るい声も聞こえてくる。


 その瞬間、ルーシェは咄嗟とっさに、近くの物陰に隠れていた。


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