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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第12章:「メイド、ざわつく」

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第171話:「ルーシェ、敗北する」

第171話:「ルーシェ、敗北する」


 ルーシェは、全力で戦い、そして、敗北した。


 シャルロッテから後ろ手にひねりあげられておしおきされた後、完全に抵抗する気力を失って大人しくなったルーシェはそのまま、まるでシャルロッテに戦利品かなにかのようにかつがれて、自室へと連行されることとなってしまった。


「というわけで、ルーシェ。


 あなたはこれから一週間、お休みです」


 部屋まで来てようやくルーシェを解放してベッドの上に座らせたシャルロッテは、少し呆れたような様子でルーシェにそう言った。


「それにしても、あなたの強情さには驚きました。


 まさか、本気で私に向かって来るなんて」

「ぅぅーっ、だってぇ……」


 ルーシェは半泣きになりながら、悔しそうにシャルロッテのことを見つめ返していた。


 ルーシェだって、シャルロッテに万が一にも勝ち目があるなんて、1ミリも思ってはいなかった。

 だが、たとえそうだとしても、ルーシェは抵抗せずにはいられなかった。


 人間には、時に、負けるとわかっていても挑まなければならない時がある。

 ルーシェにとってのそれが、今だった。


 しかし、ルーシェは敗北した。

 ぐぅの音も出ないほど完璧な、完全敗北を受けたのだ。


「安心なさい。

 アンのことは、私もきちんと、サポートしますから」


 それでもあきらめきれないルーシェは、シャルロッテにすがりつくような視線を向けていた。

 だが、そのルーシェの必死の懇願こんがんに気づいてはいても、シャルロッテは少しも心変わりしないようだった。


「そういうことじゃ、ないんですよぅ……」


 シャルロッテに心変わりさせることは、できない。

 そう悟ったルーシェは、落ち込んでうつむきながら、消え入りそうな小さな声でそう呟いていた。


(なるほど……。

 この子は、アンに自分の居場所を取られるって、そう心配しているのね)


 そのルーシェの呟き声に気づいたシャルロッテは、ルーシェがどうして勝ち目などないとわかりつつも反抗して来たのかを理解して、少し優しい表情になって小さく嘆息たんそくしていた。


(確かに、アンはなかなか筋がいいし、いい子ですけど……。

 それで、公爵殿下があなたを見捨てるなんてことは、ないでしょうに)


 そしてシャルロッテはそうも思っていたのだが、それを、ルーシェには黙っていた。


 今のルーシェにはシャルロッテがそう言っても、[その場限りの慰めの言葉]として受け取られてしまって、信じてもらえないとわかりきっているからだ。


「ルーシェ、せっかくお休みをいただけたんです。

 しっかり休んで、また、元気にお仕事に復帰して来なさい」


 だからシャルロッテは改めてルーシェにそう言い含めるだけで、そのまま部屋を出て行こうとした。


 こういう時は、エドゥアルドの口から直接、フォローしてもらうのが一番、効果的だと、シャルロッテにはそのこともわかっていたからだ。


「あのっ、シャーリーお姉さまっ」


 そんなシャルロッテのことを、ルーシェは呼び止めた。


「ん? なんですか? 」


 シャルロッテが振り返ると、ルーシェは、途方に暮れたような顔をして、必死にすがりつくような表情でシャルロッテのことを見つめている。


「あの……、シャーリーお姉さま。

 ルー、わからないんです。


 お休みだからって、いったい、どう過ごしたらいいのやら……」

(珍しい悩みね……)


 ルーシェの真剣な問いかけに、シャルロッテは少し呆れ、同時に、どうしてルーシェが[休みをどう過ごせばいいのかを知らない]のかにも気づいて、同情する気持ちを抱いていた。


 ルーシェはきっと、今まで休んだことがないのだ。

 子供の時から、いや、今だってルーシェはまだ子供の範疇はんちゅうに含まれてもよい年齢だったが、そんなころから彼女は、生きるためにずっと働き通しだったのだ。


 彼女の母親が生きていたころは、まだよかっただろう。

 しかし、唯一の肉親であり保護者でもあった母親を失って以降は、本当に、生き延びること以外はなにも考える余裕がないような暮らしをしてきたのに違いない。


 そんな生活は、ルーシェに[お休み]という概念をもたらさなかった。

 毎日毎日、働き続けることがルーシェにとっての[当たり前]であり、だからこそルーシェは今まで休みを欲しがったりしなかった。


「あなたの、好きなようにすればいいんですよ」


 シャルロッテは、前向きに、これをチャンスだととらえていた。

 ここでしっかりとルーシェに休むということを教えれば、イチイチ彼女の健康について、エドゥアルドやシャルロッテたちが気をもむような必要もなくなるし、ルーシェの人生をより豊かなものにできるだろうと思うからだ。


「ただなにもせずのんびりベッドで眠りこけてもいいですし、本を読んでも、お裁縫をしてかわいらしいお洋服を作って着てみてもいいですし、絵をかいてもかまいません。

 お外に出たいというのなら、言ってくだされば公爵殿下は許可してくださいますでしょうし、あなたは一時金もいただけるはずです。


 難しいことはなにも考えず、あなたのやりたいことをすればいいのですよ」

「私の、やりたいこと……」


 ルーシェは、むぅ、とうなり声をらして考え込んだ後に、ぱーっと表情を明るくしてシャルロッテのことを見つめた。


「なら、ルーシェ、お仕事がしたいです! 」


 どうやらルーシェはそれを、素で言っているようだった。


「ダメです」


 心底呆れたような顔をしたシャルロッテはそう即答して却下すると、「ちゃんと休むのですよ」と重ねてルーシェに言い含め、これ以上の抗議は受けつけないという姿勢を示すために足早に部屋を出て行った。


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