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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第11章:「軍制改革」

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第153話:「戦訓:2」

第153話:「戦訓:2」


 ムナール将軍は、間違いなく、軍事の天才だった。

 彼は劣勢であったはずの革命軍を率いて、強力であったはずの王政国家の軍隊を破って革命を成就させ、その輝かしい戦歴にラパン・トルチェの会戦という、新たな勝利を加えた。


 だが、ムナール将軍の部下たちの中には、ムナール将軍の作戦を理解せず、独断で命令に背くような者もいる。

 きっと、命令に忠実ではあっても、遂行するだけの能力を持たないような将校だって、いるだろう。


 ムナール将軍は天才でも、その下についている者たちまでもが天才ではない。

 それは確かに朗報ではあったが、その事実をどんなふうに生かしていくかは、まったく別の問題で、簡単には結論の出ない悩ましい課題だった。


 エドゥアルドとアントンはひとまずその点は置いておいて、アルエット共和国侵攻戦争の他の教訓について話し合った。


 今はとにかく、できるだけ多くの教訓について話し合ってまとめ、エドゥアルドたちが解決していかなければならない問題点の全体像を把握することが大切だった。

 全体像が見えていない状態で個々の問題に対処していっても、それは結局、行き当たりばったりの、場当たり的な対応にしかならないからだ。


 今度は、主に帝国側の体制の不備について洗い出しが行われることとなった。

 ムナール将軍と共和国軍の成功と失敗には学ぶべき点が多かったが、それ以上に、帝国の敗因を明らかにすることは重要だった。

 どこを直さなければならないのかをまず理解しなければ、やはり、効果的な改善を実施していくことは難しいからだ。


わたくしが思いますに、我が帝国軍の問題は、大きく4つにまとめることができるかと思います」


 執務室の外で待機しているルーシェに頼んでコーヒーのお代わりをついでもらい、少しのどをうるおすと、アントンはそう言った。


「1つめは、戦略レベルの意思決定が曖昧なものとなったということ。

 2つめは、全軍の指揮系統に不備があり、作戦遂行にあたって非効率的な部分があったこと。

 3つめは、事前の情報収集が十分ではなく、敵国の状況や戦略的な重要拠点などの把握をできていないまま、まともな地図も作らずに戦争を始めてしまったこと。

そして4つめは、補給・兵站体制が貧弱であったこと。


 以上の4点を改善しなければ、どのような優れた新兵器で大軍を武装しようとも、ムナール将軍が率いる共和国軍に対抗することは難しいでしょう」


 アントンは、明晰な頭脳の持ち主だった。

 戦争中に起こった様々な出来事から問題点を洗い出し、それを4つに分類して、わかりやすいようにまとめてくれていたのだ。


「1つめからご説明させていただきます。


 今回の戦争では、そもそも、我が帝国の戦争目標は、不明瞭なものでございました。


 バ・メール王国からの要請に応じ、共和国に対して懲罰を加える、という漠然とした目的は存在しておりましたが、それを、なにを持って達成したと見なすのかが、まったく決まっておりませんでした。


 共和国軍の軍事力を、当面の間再起不能となるレベルにまで撃破すればよいのか。

 あるいは、一定の地域を占領し、我が領土とすることで達成とみなすのか。

 もしくは、共和国に対し、相応の謝罪と賠償を飲ませることを目指すのか。


 そういった、目標を達成したと見なす条件、帝国の軍事作戦の[ゴール]について、今回の戦役ではまったく決まっておりませんでした。


 ですから、必然的に我が帝国軍の作戦は場当たり的なものとなり、勢い任せに進んで行ってしまったのです」


 そのアントンの言葉には、深い実感が込められていた。

 帝国陸軍大将という立場で帝国軍全体の作戦を決定する中枢にいたアントンだったから、その、帝国の目指す[ゴール]の曖昧さによる問題は、骨身にしみているのだろう。


「2つめの指揮系統の不備でございますが、これは、我が帝国の体制から来ている、根深い問題でございます。


 我が帝国には、皇帝陛下の直属軍であり、親衛軍でもある帝国軍がございますが、その他に、実質的に指揮系統が独立した諸侯の軍勢が乱立しております。

 皇帝陛下の御名の下で帝国陸軍が作戦全体を指揮・統率するという形にはなっておりますが、それぞれが独立した兵権を有する諸侯の発言力は強く、しばしば軍議の結果は諸侯の皆様のご意見によって決められることとなりました。


 このように、統一した指揮系統が十分に機能しない状態にある限り、たとえ帝国軍をムナール将軍が率いることになったとしても、しばしば敗北を経験することとなるでしょう」


 これも、アントンの実感のこもった言葉だった。

 帝国陸軍大将としてアントンは作戦について様々な意見を述べたが、その多くは、諸侯の意見によってくつがえされ、採用されることがなかったのだ。


 だが、これは帝国の構造的な問題であり、もっとも解決が困難な課題かもしれなかった。

 なぜなら、明確に統一された指揮系統を作るためには、諸侯が伝統的に[権利]として保有して来た[兵権]を、はく奪しなければならないからだ。


 皇帝と臣下と一口に言っても、その関係は複雑だ。

 臣下とはただ盲目的に主君に仕える存在ではなく、それぞれの都合によって独自の行動をする、自立した存在だからだ。


 そして皇帝は、その絶大な権力をもってしても、臣下の[権利]として認められていることを侵害することは許されないのだ。

 なぜなら、皇帝が皇帝でいられる理由は、その力によって臣下の[権利]を保護し、利益を与えているからなのだ。


 たとえば、皇帝は臣下に[爵位]と[領地]を与える。

 それが価値あるものとして見なされるのは、伝統的な権威という面もあるが、身分制社会の中で他よりも抜きんでた地位を保証され相応の尊重を受けられるということ、支配している領地から租税を集めることができ多くの収入が約束されることなどの、実益があるからだ。


 名ばかりの貴族など、表面的には周囲から尊重されるかもしれなかったが、その内実は、嘲笑ちょうしょうされるばかりだろう。

 世の中、伝統的な権威をありがたがって尊重してくれるような人たちがすべてではないのだ。


 そして、その支配する領地の規模や経済力にふさわしい規模の兵力を保有し、その軍事力を行使できる兵権もまた、皇帝がその臣下たちに約束している権利の1つだった。


 それをはく奪するとなれば、おそらく、帝国中の貴族たちの猛烈な反発をまねくことになるのに違いない。


(今の皇帝陛下には、無理、だろうな……)


 エドゥアルドは、別れの挨拶を済ませた時、[権力]というものについての注意するべきことを示唆してくれた皇帝、カール11世の姿を思い浮かべながら、複雑な気持ちになっていた。


 おそらく、カール11世はエドゥアルドのことを認めてくれている。

 だからエドゥアルドとしてもカール11世のことは悪く言いたくはないのだが、彼に、これから訪れるかもしれない動乱の時代を乗り切るだけの力量は、明らかにないのだ。


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