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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第10章:「生者の責任」

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第136話:「メイド流説得術:3」

第136話:「メイド流説得術:3」


「そこに、座りなさい」


 しばらくして、オスカーが逃げ回ったことで散らかった天幕の内部を片づけ、アントンに改めて謝罪するためにルーシェが戻ってくると、アントンは有無を言わせない厳しい口調でそう彼女に命じていた。


 アントンが指し示した先には、ルーシェのためのイスが用意されている。

 そしてルーシェは、アントンの様子に「ひっ」と小さくおびえたような声をもらしたものの、言われた通りにそのイスへと腰かける。


 カタカタと、小刻みにルーシェの肩が震えている。

 オスカーがしでかしたこととはいえ、きっと、アントンから厳しくとがめられるだろうと、ルーシェはすっかりおびえている様子だった。


 アントンは、確かに怒っていた。

 ルーシェとオスカーのせいで、途中まで書き進めていた遺言状がすっかりダメになってしまったからだ。


 だが、アントンは、ルーシェをしかりつけたいわけではなかった。


「確かに、私は怒っている。


 だが、君を責めたいわけではない。

 ただ、教えて欲しいのだ」


 ルーシェの座っている正面に用意したイスに腰かけ、身体の前で両腕を組んで険しい表情で彼女のことを見ていたアントンは、やがて両目を閉じると、不機嫌そうな声で言った。


「あのぅ……?

 どういうことで、ございますか……? 」


 ルーシェは、おそるおそる上目遣いでアントンの方を見ると、そう言って首をかしげた。

 自分の失敗のことで怒られるのではないとしたら、いったいなにをされるのだろうと、そう不安がっている様子だった。


「君が、エドゥアルド公爵殿下から命じられて、私が遺言状を書くことを妨害しているということは、もう、わかっている」


 そんなルーシェの様子を気配で感じながら、アントンは双眸そうぼうを閉じたまま言葉を続けた。


「私が聞きたいのは、そのことだ。


 エドゥアルド公爵殿下は、なぜ、そうまでして、私を生かそうとなさるのだ」


 そのアントンからの問いかけに、ルーシェはビクッ、と身体を震わせると、気まずそうな視線をアントンへと向けた。

 アントンの自決を阻止せよとの命令を受けて動いていた彼女は、こんなに早く、アントンにそれを見破られるとは思っていなかったらしい。


「答えられないのなら、それでも、いい。


 君が、君の主に誠実だということなのだから、私からなにか口出しをするつもりはない。


 ただ、もう、邪魔をしないで欲しいのだ」


 ルーシェは無言のまま、アントンの問いかけには答えなかったが、アントンはあえて追求しようとはしなかった。

 ルーシェはエドゥアルドから命じられた通りに、彼女なりに一生懸命に働こうとしていただけであって、アントンに対してなんの悪意も持ってはいないし、アントンの自決を阻止しようとしたこと以外は、ルーシェはアントンに対しても誠実に仕えてくれていた。

 そんな彼女をなじるようなつもりは、アントンにはなかった。


「エドゥアルド公爵殿下に、伝えなさい。


 私は、公爵殿下のご厚情には、深く感謝を申し上げている。

 しかし、いくら公爵殿下のお望みだろうと、戦死者たちに対し、そして皇帝陛下に対し奉り、おびをしないわけにはいかないのだ。


 私は、軍人として、帝国陸軍大将として、恥じない生き方をしてきたつもりだ。


 そして、生きることとは、どんな最期を迎えたかということだと、そう思っている。


 私が、どんなふうに生きたのか。

 私が、そんなふうに、担った責任を果たすのか。


 それを私の望む形で示すには、道は、ただ1つしかないのだ。


 どうか、これ以上、私を説得しようとなさらないでいただきたい」


 ルーシェは、アントンの言葉を静かに聞いていた。

 少し顔をうつむけたまま、シャルロッテから教えられたとおりにきれいにそろえた足の上に、両手をおいて、身体の震えを抑えるようにしながら。


 アントンが言うべきことを言い終え、双眸そうぼうを開いた時、ルーシェはまだ、うつむいたままだった。

 だが、その身体の震えは、おさまっている。

 どうやら落ち着きを取り戻した様子だった。


「君は、できるだけのことをした。

 それで、十分だ。

 エドゥアルド公爵殿下も、君のことを責めるようなことはなさらないだろう。


 さぁ、話しは終わった。

 君も、戦陣に同行したのだ。

 さぞ、疲れているだろう?


 だから、私の言葉をエドゥアルド公爵殿下にお伝えし、後は、ゆっくり休みなさい」


 そんなルーシェに向かって、アントンは声を和らげると、そう言って話を終わりにしようとした。

 これから遺言状を書き直さなければならないし、翻意ほんいするつもりがない以上、与えられた任務を果たそうとするルーシェをとどめ置いても、彼女に余計な徒労をさせるだけだからだ。


 しかし、ルーシェはなかなか、動こうとはしなかった。


(使命感の強い人だ)


 そんなルーシェの様子を、アントンは、エドゥアルドに対する忠誠心からだと思っていた。


 アントンはルーシェがどんな経緯でエドゥアルドのメイドになったのかは知らなかったが、ルーシェがエドゥアルドに仕える態度から、彼女が心からエドゥアルドのことを慕い、信頼しているのだということくらいはわかっている。

 そんなルーシェにとっては、アントンにはっきり拒絶されたからと言って、はいそうですかと、あっさりと引き下がることなどできないのだろうと、そう思ったのだ。


 だが、そのアントンの認識は、間違っていたようだった。


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