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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第10章:「生者の責任」

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第135話:「メイド流説得術:2」

第135話:「メイド流説得術:2」


 アントンには、段々と、エドゥアルドがなにを考えてルーシェを差し向けてきたのかが、わかり始めていた。


(なるほど……。


 エドゥアルド公爵も、よく、お考えになったものだ)


 これがすべてエドゥアルドの作戦であるということに気づいたアントンは、苦笑する他はない。


 エドゥアルドはまだ、アントンを生かそうとしているのだ。

 だから、ルーシェというメイドを差し向け、一種の監視役とし、アントンが遺言を書き残すことを妨害させているのだろう。


 それは実際、効果のあることだった。

 ルーシェがエドゥアルドの作戦に従ってアントンが遺言を書き記すことを妨害しているのだとわかったところで、彼女は他家の、それもアントンよりも爵位の高い公爵家に仕えるメイドであって、アントンが強くどうこう言うことは難しいから、彼女の妨害行為を退けることは難しい。


 しかも、ルーシェは素直な少女だった。

 彼女の体調を気づかうだけではなく、遺言を書き残すことを邪魔されたくないアントンがそれとなくもう様子をうかがいに来ないでくれと言っても、エドゥアルドからの命令であるだけでなく、ワーカホリックの気配があるルーシェは引き下がらなかったが、それ以外の部分ではアントンの言うことをよく聞きいれてくれた。

 そのルーシェの姿は、アントンに、故郷に残して来た子供の、幼いころを思い出させるようだった。


 それだけではない。

 ルーシェの屈託のない笑顔を見て、明るい声を聞いていると、思いつめていた気持ちが弛緩しかんしてくるようだった。

 なんというか、毒気が抜かれるというか、そんなような感覚なのだ。


 アントンが、その命を捧げることで果たさなければならない、[責任]。

 帝国に対し、そして、アントンの指揮のために死んでいった将兵に対する、アントンが考える責任の果たし方。


 それをやらなければならないという決心には少しの揺らぎもなかったが、しかし、ルーシェに身の回りを動き回られると、なかなか、その[責任を果たす準備]は整えることができなかった。


 ルーシェのおかげで、アントンの遺言は、少しも書き終わらない。

 家族を残して去ることになるのだし、今回の戦いを指揮した高級将校として、後輩にできるだけの戦訓も残さなければならないから、アントンが書き残さなければならないことはたくさんある。

 それなのに、遅々として遺言状の空白は埋まらなかった。


 アントンとしては、遺言状が書き終わり次第、自決してしまうつもりだった。

 エドゥアルドもそうだが、辞表を提出しに行った際の皇帝・カール11世の様子からして、皇帝自身もアントンを生かしたいと考えているような雰囲気があり、あまりのんびりしていては自決する決意が揺らぐかもしれないと、アントンは危惧していたからだ。


 できれば、今夜にも。

 そんなふうに思っていたのだが、それは、できそうになかった。


(まぁ……。

遺言として残す内容を、吟味ぎんみする時間をいただいたと、そう考えよう)


 アントンは、ようやく半分ほどが埋まって来た遺言状を見つめながら、そんなふうに思っていた。

 そして、あまりにもルーシェがしつこいので、しかたなくいれてもらったコーヒーを飲もうと、コーヒーカップを持ち上げて口元へと運んだ時のことだった。


「あっ、こらっ、オスカー!


 待ちなさい! 」


 アントンの天幕の外で、そんな、悲鳴とも怒鳴り声とも聞こえるルーシェの声が響いた。


 驚いたアントンが天幕の出入り口の方を見るのと、隙間から小さい、黒っぽい影が飛び込んでくるのは、ほとんど同時だ。


「ねっ、猫っ!? 」


 それは、1匹の猫だった。

 そしてその猫は、驚いて慌ててテーブルの上にコーヒーのカップを戻したアントンに向かってまっすぐに駆けていくと、素早く、イスに腰かけているアントンの足元に身を隠す。


「もっ、申しわかりません、アントンさまっ!!

 オスカーが、大変、失礼なことをっ! 」


 その猫、オスカーを追って天幕の中に入って来たルーシェは、オスカーがアントンの足元に隠れていることに気づくと血相を変え、涙目でアントンに向かって頭を下げた。


 それからルーシェは「失礼いたしますっ! 」と言いながらアントンの足元に隠れたオスカーを捕まえようとする。


 オスカーは、激しい抵抗を見せた。

 ルーシェがのばす手をするりするりとかわし、天幕の中を逃げ回る。

 それをルーシェはなんとか捕まえようと追いかけるのだが、やはり相手は猫、一枚も二枚も上手で、なかなか、捕らえることができない。


 だが、最後にはオスカーも捕まることになってしまった。

 思わずルーシェに加勢してしまったアントンと2人がかりでオスカーの逃げ道を塞ぎ、天幕のすみに追い詰めて捕まえたのだ。


「もぉ、オスカー!

 なんてことをするのっ!? 」


 捕えたオスカーを抱きかかえるようにしたルーシェは、そう言ってオスカーをしかりつけたが、オスカーはなかなか、ふてぶてしい態度だった。

 まるで、「自分は何も悪くない」とでも言いたそうな様子で、耳元でしかりつけてくるルーシェから、ぷい、顔をそむける。


「まったく、もぉ、オスカーったら!

 最近ずっと、かまってあげられなかったから、すねちゃったのかしら?


 ……あっ!

 た、大変お騒がせいたしました、アントンさまっ! 」


 それからルーシェは、ぺこぺこと何度もアントンに向かって頭を下げた。

 本当に恐縮している様子で、さすがのアントンもこのルーシェとオスカーの失態には少し怒っていたのだが、思わず許してしまえるほどだった。


 アントンに寛大に許しをもらうと、ルーシェはとんでもないいたずらをしでかしたオスカーを連行して、天幕を出ていく。

 その姿を、やれやれ、と、呆れつつもおもしろそうに見送ったアントンだったが、その視線を書きかけの遺言状へと戻すと、彼は思わず顔をしかめずにはいられなかった。


 書きかけの遺言状は、オスカーが巻き起こした騒動のせいでこぼれたコーヒーをたっぷりと浴びて、すっかりダメになってしまっていたからだ。


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