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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第9章:「撤退」

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第112話:「岐路(きろ)」

第112話:「岐路きろ


 ノルトハーフェン公国軍は、共和国軍からの追撃をどうにか振り切ることができた。


 それは、エドゥアルドたちがヴィルヘルムの立てた作戦をよく実行し、効果的な戦いを続けたということが大きかった。

 ノルトハーフェン公国軍の戦いぶりを目にして、無理に追撃をすれば被害が増えるだけだということを共和国軍は理解し、追撃を断念したのだ。


 しかし、エドゥアルドたち帝国軍の殿として戦った3万の軍勢は、急いで戦場を後にし、その日の夜は一睡もせずに移動を続けた。


 共和国軍は追撃を断念したように思われたが、それがエドゥアルドたちの見誤りであり、再度、追撃をしかけられたら大変なことになるからだ。

 加えて、ここは敵国の領内深く、周囲にはエドゥアルドたち帝国軍に対して敵対的な人々しか存在しない。

 エドゥアルドたちが安心して休める場所など、ここにはないのだ。


 戦った後で兵士たちは疲労していたが、しかし、撤退を続けた。

 せっかく、生き残ることができたのだ。

 こんなところで逃げ遅れて命を失うなど、絶対に嫌なことだった。


 エドゥアルドたちの撤退の道中は、敗軍が敗走する道らしく、悲惨なものだった。

 あちこちに、帝国軍が遺棄していった物資や、負傷兵、そして力尽きた兵士たちが横たわっていたからだ。


 負傷兵たちの中には意識のない者もいたが、意識のある者は、エドゥアルドたちが友軍であることに気づくと必死に助けを求めてきた。


 彼らはみな、負傷し、疲弊ひへいしてしまっている。

 そんな彼らは、ここに置き去りにされてしまっては、後は衰弱して命を失うか、侵略の報復として民衆にリンチにかけられるかという、悲惨な運命が待っているのだ。

 捕虜になるというのは比較的マシな選択ではあったが、そうなったとしても、共和国軍が彼らに適切な治療を施してくれるとは思えない。


 エドゥアルドは、懇願こんがんするように手をのばしてくる彼らを、見捨てることはできなかった。

 彼らは同じ帝国の人間ではあるものの、ノルトハーフェン公国の国民ではない、言ってみればエドゥアルドにとって縁の薄い者たちでしかなかったが、だからと言ってエドゥアルドは彼らを放っておくほど非情にはなれなかったのだ。


 急いで撤退する最中であり、負傷兵たちを落ち着いて手当てしているような時間はなかった。

 だからエドゥアルドは、道中、放棄されていた帝国軍の馬車を見つけては、そこに積載されていた武器や弾薬などを捨て、ノルトハーフェン公国軍の砲兵や、騎兵たちが使用していた軍馬、駄馬を使って馬車を引かせ、そこに負傷兵を乗せて運ぶこととした。


 元々荷役用に適した馬を使っていた砲兵隊からは特に不満は出ないことだったが、騎兵隊からは、自身の愛馬を荷役に使うことには異論も出た。

 なぜなら、彼ら騎兵が乗っている愛馬たちは、彼ら自身が手塩にかけて世話をしている、家族同然に大切な存在であるだけではなく、軍馬とはいえ乗馬用の馬は荷役をさせるのには、その性質が適さないこともあるからだ。


 エドゥアルドは、しかし、彼らの不満を抑え込んだ。

 エドゥアルド自身の愛馬、青鹿毛の馬を荷役用に率先して提供し、自分自身は他の兵士たちと一緒になって徒歩で行軍するという姿勢を示したのだ。


 エドゥアルドは、帝国軍の撤退を支援するために戦った、この3万弱の軍勢の中で、もっとも若年かもしれなかったが、もっとも地位の高い存在だった。

 そんなエドゥアルドが自らの馬を、負傷兵を乗せる馬車のために提供し、自らは徒歩で移動しているのだから、愛馬にとっては不適な馬車を牽引けんいんさせる仕事をさせることを、騎兵たちも了承せざるを得ない。


 やがてエドゥアルドたちは、夜明けを迎えた。

 一晩中、負傷兵を収容しながら歩き続けたエドゥアルドたちは、すでに極度の疲労状態にあり、その撤退する速度はかなり落ちていた。

 このままでは、負傷せずに済んだ兵士たちでさえ、疲労のあまり倒れ始めるだろう。


 実際に、エドゥアルドと一緒に歩いていた兵士の1人が、疲労のあまり小石につまずいて倒れるのを目にしたエドゥアルドは、止むを得ず、休息せよとの命令を発した。


 どれだけ、逃げてくることができたのだろうか。

 相当、戦場となったラパン・トルチェ平原からは遠ざかることができたはずだったが、地理のよくわからない敵国の中であるために、どれだけの距離を逃げてくることができたのかもわからないし、ここが今どのあたりなのかも曖昧あいまいだった。


 兵士たちを休ませている間、エドゥアルドは主だった将校らを集め、ノルトハーフェン公国軍と行動を共にしている分派されて来た皇帝親衛隊の指揮官であるアントン大将も呼んで、作戦会議を開いた。

 議題は、まず、ここがどこであるのかを把握することと、帝国に撤退するために、どの方向に進むかということだった。


 エドゥアルドたちはこれまで、アルエット共和国の街道に沿って、おそらくは南東に向かって撤退してきていた。

 進軍して来た時に使ったのと同じと思われる街道で、他の帝国軍もそこを通ったらしく、多くの負傷兵や物資が遺棄いきされていたから、わかりやすい。


 このまま進めば、先に撤退していった帝国軍と合流することもできるかもしれない。

 だが、それで本当にいいのかという疑念を、ヴィルヘルムが提示したからだ。


 帝国軍は撤退するのにあたり、おそらくは、元来た道をそのまま戻るのに違いなかった。

 アルエット共和国国内の地理に不案内な帝国軍が知っている、帝国へと至る道はそれしかないからだ。


 そしておそらくは、その道には敵が待ち伏せしている。

 帝国軍がその経路を通る確率が高いと予想できているのだから、ムナール将軍は追撃のために騎兵を放ち、撤退する帝国軍をさらに苦しめるために襲撃をくり返すだろう。


 騎兵は、かつてのような決定的な戦力ではなくなっていたが、その機動力は今でも脅威きょういだった。


 来た時とは別の道を進もう。

 そういう意見が出され、作戦会議ではおおむねその意見で固まったのだが、問題はどの道を通って撤退するかということだった。


 地理を知らないエドゥアルドたちにはどの道が帝国へと続いているのか判然としなかったし、侵略やソヴァジヌでの略奪に憤っているに違いないアルエット共和国の人々に聞くこともできない。

 罠にはめられてしまうだけだろう。


 エドゥアルドたちは岐路に立たされていた。

 戦場からは逃れることができたが、これからどの道を通って撤退するかで、これから先の運命が決まってしまうのだ。


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