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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第8章:「ラパン・トルチェの会戦」

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第109話:「騎兵;3」

第109話:「騎兵;3」


 アントン大将が率いていた部隊、殿しんがりに参加していた皇帝親衛隊の半数、7千5百は、騎兵突撃を受けて混乱の中にあった。


 帝国軍の騎兵部隊を追い散らし、さらなる戦果の拡張のために主戦線に戻って来た共和国軍の騎兵部隊の規模は、その全体像はわからないものの、数千もある。

 その多くが、サーベルを装備しただけの標準的な騎兵部隊であったが、陣形の崩れたアントン大将の部隊は走り回る騎兵によってかき乱されていた。


 エドゥアルドはその混乱の中へと、自らサーベルを手に斬りこんでいった。


 共和国軍の騎兵は、みな、帝国軍の歩兵たちを追いかけ回すのに夢中だった。

 銃剣を装備した歩兵は簡易な槍兵であり、馬上から振り下ろされるサーベルに十分対抗できるリーチを持ってはいるが、分散した歩兵は走り回る騎兵に背後や側面をとられがちであり、騎兵にとっては絶好の獲物えものとなっていた。


 敵が皆、歩兵に熱中しているおかげだろうか。

 同じ馬に乗ったエドゥアルドは、ほとんど抵抗を受けることもなく敵中を走り抜けていくことができた。


 共和国軍の騎兵は軍装が統一されており、それで、エドゥアルドが味方ではないと識別できるはずだったが、敵は歩兵ばかりだという意識が強いのかあまり相手にされない。

 むしろ、帝国軍の歩兵から反撃を受けることがあり、そちらの方に気を使わなければならないほどだった。


 エドゥアルドは、乱戦の中でアントンの姿を探しまわった。


 もし、アントンが死のうとしているのなら、止めなければならない。

 止めなければ、帝国はこれから、ヘルデン大陸上に誕生した共和制国家という、専制君主制国家から見て[異質]な存在と対峙していくうえで、貴重な人材を失うことになる。


 ほどなくして、エドゥアルドはアントンを見つけることができた。


 彼は、まだ戦っている。

 護衛の兵士たち数名と共に、馬上で敵騎兵と斬り合っていた。


「アントン大将!

 ご無事かっ!? 」


 見たところ大きなケガはない様子だったが、念のためそうたずねながらエドゥアルドが近くまで行くと、アントンは驚いたように双眸そうぼうを見開いていた。


「エドゥアルド公爵殿下!?


 なにゆえ、このようなところに!? 」

「貴殿を、失うわけにはいかぬからだ! 」


 エドゥアルドはアントンの横に馬を並べ、ようやくエドゥアルドも敵だと認識した敵騎兵が振り下ろしたサーベルを自身のサーベルで振り払いつつ、アントンに向かって、周囲の喧騒けんそうに負けないように叫ぶ。


「それに、友軍の危険を見過ごすことはできない!

 アントン殿、ここは、僕と共に切り抜けましょう! 」


 アントンは、複雑そうな顔をしている。

 エドゥアルドの予想通り、この危機を[機会]ととらえ、ここで戦死するつもりだったのだろう。


「アントン殿!

 前にも話したが、僕には、父親がいないのだ! 」


 そんなアントンの腹の内がわかるから、エドゥアルドは、必死に呼びかける。

 いくらエドゥアルドが助けようとしたところで、アントン自身の気持ちが変わらない限り、彼を生かすことはできないからだ。


「誰も、僕に本当の軍略というものを教えてはくれなかった!


 書物で様々なことは学べるが、しかし、実体験のある、血肉のある教訓を教えてもらえるのは、優れた指揮官からだけだ!


 僕の見るところ、アントン殿、貴殿は、僕が模範とするのにふさわしい将帥だ!

 こんなところで死なれては、困るのだ! 」


 エドゥアルドの説得の言葉に、アントンはなにも答えない。

 ただ、彼は顔をうつむけたまま、なにごとかを口の中で呟いただけだ。


「敗軍の将から、いったい、なにを学べるというのか 」


 それは、エドゥアルドには聞こえなかったし、エドゥアルドへと向けられた言葉でもなかった。

 アントン自身が自問し、そして、自嘲じちょうする言葉だった。


(アントン殿は、思い直してくれたのだろうか? )


 アントンを説得できたのかどうか。

 エドゥアルドには判断できないが、説得はうまくいったと、そう信じたい気持ちだった。


「公爵殿下!


 こここは、危険です!

 我らが活路を切り開きますゆえ、なにとぞ、お下がりを! 」


 その時、ミヒャエル中尉たち、エドゥアルドの護衛についていた士官たちがエドゥアルドに追いついてきて、アントンの護衛の兵士たちと一緒になって周囲を取り囲んだ。


 その周辺では、騎兵突撃を受けて隊列を乱していた歩兵たちも、徐々に集まりつつある。

 小さいながらも、ある程度まとまった兵力が集結しつつあるようだった。


「……承知いたしました。

 ひとまず、ここを切り抜けると致しましょう」


 やがてアントンは、大きく溜息をつくと、エドゥアルドの呼びかけにようやく、どうにかエドゥアルドには聞こえる声で同意した。


 もはや、[機会]は過ぎ去った。

 周囲に集まった兵士たちの姿を見て、アントンはその事実を受け入れざるを得なかったのだろう。


「全員、ノルトハーフェン公国軍がいる方向に向かって突撃せよ!

 公国軍の反撃に合わせ、敵騎兵を突破する!


 みな、我が背中について来い! 」


 アントンは、次の瞬間にはもう、勇敢な武人としての姿を見せていた。

 彼は腹の底から声を張り上げ、周囲で戦っている兵士たちに彼らがどうするべきなのかを伝えると、近くにいたラッパ手に突撃の合図を吹かせた。


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