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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第8章:「ラパン・トルチェの会戦」

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第108話:「騎兵:2」

第108話:「騎兵:2」


 共和国軍の騎兵たちがなぜ、エドゥアルドを狙わなかったのか。

 それはおそらく、エドゥアルドの部隊がすでに隊列を整え、防御を固めていたからだった。


 それに対して、アントン大将の率いている部隊は、移動している最中だった。

 共和国軍の歩兵からの追撃が弱まったためにその退却は整然としたものではあったが、各隊は防御に最適な位置に配置されているわけではなく、また、行軍隊形から戦闘隊形に展開するためにはどうしても時間がかかってしまう。


 それは、騎兵たちにとっては、攻撃するべき隙に他ならなかった。


 戦争における主力は、歩兵だ。

 中世、重厚な鎧と長大な槍で武装した重騎兵は、同数の歩兵であれば苦も無く粉砕することができると言われるほど強力な存在であったが、マスケット銃が普及し、銃剣によって歩兵が騎兵の攻撃から自衛することができるようになった今では、騎兵は戦場の花形ではなくなり、補助的な役割に甘んじるようになっている。


 それでも、騎兵は欠くことのできない存在だ。


 その機動力によって周辺を偵察し、敵を捜索し、軍隊の目となり、耳となる。

 それだけではない。

 戦闘中は、敵の部隊の側面や後方に回り込んで攻撃をしかけ、敵の戦列を突き崩すきっかけを作り出す。


 なにより、中世ほど圧倒的ではなくなったものの、騎兵突撃は今でも強力な破壊力を発揮する。


 馬と人間を合わせて数百キログラムにもなる大きな質量が、速度をともなって突っ込んで来るのだ。

 人間の足では逃げ切ることなどできないし、逃げ遅れればそのまま跳ね飛ばされ、馬蹄ばていによって踏み砕かれることになる。


 その騎兵突撃を阻止することができるのは、無数の銃口から放たれる、火薬で熱く熱せられた鉛の弾雨であり、銃剣の切っ先であった。

 銃弾の威力によって馬のように大きな動物でさえ撃ち倒すことができ、そして、銃剣の鋭利な切っ先は、突撃する馬に本能的な恐怖心を呼び起こし、その突撃を鈍らせる力がある。


 中世、最強の戦力であった騎兵がその地位を追われたのは、すべての歩兵が小銃を装備し、過去の軍隊よりも飛躍的に火力が向上したからだ。

 戦列歩兵の密集隊形から放たれる弾雨は突撃する騎兵をなぎ払い、ズラリと並べられた銃剣は突撃の勢いを鈍らせるだけではなく、物理的な障壁となって騎兵の突撃を防ぎとめる。


 しかし、それはあくまで、戦列歩兵部隊がきちんと隊列を組み、応戦する体勢を整えていれば、の話だった。


 後退するために行進してくるアントン大将の部隊は、丘の稜線りょうせんから姿をあらわした共和国軍の騎兵部隊に気づくと、すぐさま応戦する態勢をとり始める。


 兵士たちは大急ぎで、方陣と呼ばれる隊形をとり始めた。


 方陣というのは、兵士たちを4辺とし、文字通りに四角く並べる隊形のことだ。

 これによって、全周囲に銃口と銃剣の切っ先を向け、機動力を生かして側面や背後に回り込もうとする騎兵たちへの隙をなくす、防御のための形だ。


 だが、騎兵による突撃の方が、アントンの部隊が方陣を展開し終えるのよりも早かった。


 サーベルをかかげた共和国軍の騎兵たちが、まだ方陣を形成することができず、隊列を乱しているアントンの部隊に向かって、ひとかたまりとなって突っ込んでいく。

 兵士たちは銃を発射して応戦するが、その反撃はまばらなもので、そして、銃剣も、数をそろえなければ訓練された軍馬たちを躊躇ちゅうちょさせる力は発揮できなかった。


 勢いに乗った騎兵に跳ね飛ばされ、何人もの兵士が倒れる。

 突っ込んで来る巨大な質量のかたまりに恐怖し、足がすくんだり逃げ出したりした兵士たちを、騎兵たちが振り下ろしたサーベルが次々と斬り捨てて行った。


 そして、騎兵たちの突撃は、アントン大将自身の周囲にまで迫った。


 アントンは、逃げない。

 彼は馬上から大声で兵士たちを鼓舞しつつ、自らもサーベルを手に、共和国軍の騎兵たちに立ち向かっていく。


 警護についているのは、わずかな帝国軍の士官たちだけだった。

 方陣を形成できないまま騎兵突撃を許してしまったためにアントンの部隊は乱戦状態となって、兵士たちは誰もが、自分が生き延びることに必死だった。


 このまま、うまく撤退することができるかもしれない。

 そう思い始めていたエドゥアルドだったが、そんな楽観的な思考は消え去っていた。


「フレッサー大佐!


 アントン大将を、救出するぞ!


 僕に、続け! 」


 エドゥアルドはそう叫ぶと、ペーターからの返事も聞かずに、自ら馬を駆けさせていた。


「で、殿下!?

 お待ちくださいっ! 」


 ミヒャエル中尉たち、護衛の士官たちが大慌てでエドゥアルドを追ってくる。


「ええい、しかたねぇ!


 全員、突っ込め!

 公爵殿下をお守りし、アントン大将をお救いせよ! 」


 それに続いてそう叫んだペーターがサーベルを抜いて、そのふくよかな身体でドタドタと走り出すと、慌てて、ノルトハーフェン公国軍の陣営で突撃を命じるラッパが鳴らされ、兵士たちが喚声かんせいをあげて走り出す。


 エドゥアルドが反射的に走り出していたのは、アントンを死なせるわけにはいかないという思いからだった。


 彼は、確かにこの戦役の責任者であり、この敗北を回避できなかった責任がある。

 しかし、それは帝国の旧態依然とした体制に原因があることで、アントン自身は、間違いなく現在の帝国でもっともすぐれた将校だった。


 そんなアントンを失ってしまうことは、帝国にとって大きな損失だ。

 この敗北の後、ヘルデン大陸にその存在感を大きく放つアルエット共和国に対抗していくためには、絶対に必要な人材だとエドゥアルドは信じている。


 そのアントンは、この戦いで戦死を覚悟している。


 エドゥアルドが慌てて走り出したのは、アントンが、この騎兵突撃を幸いとし、「ここが我が死に場所」と定めて、自ら進んで討ち死にするのを選ぶのではないかと、そう思えたからだった。


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