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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第8章:「ラパン・トルチェの会戦」

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第106話:「虎口:2」

第106話:「虎口:2」


 ノルトハーフェン公国軍は、反転行進射撃を続けていた。

 そうやって応戦し、かつ、後退を続けなければ、押しよせる共和国軍に飲み込まれてしまうからだ。


 しかし、そんな戦いが続くと、共和国軍は戦法を切り替えてきた。


 硝煙の煙幕の向こう側で、共和国軍のラッパが勇ましくならされる。

 すると、共和国軍の兵士たちは一斉に喚声かんせいをあげ、その足音で地響きを立てながら、ノルトハーフェン公国軍に向かって突撃して来た。


 射撃戦では、らちが明かないと思ったのだろう。

 共和国軍は銃剣突撃によって、一気に決着をつけようとしているようだった。


 隊形変換もなにもなく、ただ数に任せて、共和国軍はノルトハーフェン公国軍を押しつぶそうとしていた。


「全軍、退却!


 ただし、武器は捨てるなよ! 」


 共和国軍の陣営で突撃を命じるラッパが鳴らされると、戦闘の指揮をとっていたペーターはすかさずそう叫んでいた。

 そして、ノルトハーフェン公国軍の陣営では、退却のラッパが鳴らされる。


 反転行進射撃を続けていた兵士たちは、一斉に共和国軍へ背中を向けると、全速力で走り出した。

 素早い動きのことを脱兎のごとく、と表現することがあるが、まさに、そんなありさまだった。


 すべて、計算づくの行動だ。

 共和国軍が突撃して来たら、一目散に逃げだすというのは、ヴィルヘルムが立てた作戦通りの行動なのだ。


 エドゥアルドも、逃げた。

 警護のミヒャエル中尉らに守られながら、青鹿毛の愛馬を駆けさせ、あらかじめ決められた経路を通って退却した。

 脳震盪のうしんとうのせいでまだ頭がクラクラとしていたが、馬は賢く、ミヒャエル中尉らの誘導もあって、エドゥアルドは遅れることなく後方に下がることができる。


 先に後方に下がっていた軽歩兵たちも、共和国軍の追撃を弱めるために射撃を加えると、すぐさま走って逃げ始める。

 砲兵に至っては、重量物である大砲は打ち捨てての、なりふりかまわない退却だった。


 一見すると壊走しているようにしか見えなかったが、エドゥアルドたちのそれは、作戦だった。

 共和国軍は勝利したと思って夢中で追いかけてきていたが、退却するエドゥアルドたちを追って来た彼らを、ノルトハーフェン公国軍の残りの半数、ヴィルヘルムによって指揮されている部隊が待ちかまえているのだ。


 エドゥアルドたちが背中を見せて逃げ出せば、敵から見るとそれは、敗走したようにしか見えない。

 だからきっと、夢中になって追いかけてくる。


 当然、その隊列は乱れ、油断もしているはずだった。


 そんな共和国軍を待ち構えていたヴィルヘルムの部隊による射撃の効果は、抜群だった。

 軽歩兵による正確な狙撃と、戦列歩兵たちによる一斉射撃。

 なにより、ヴィルヘルムの部隊に配置されていた6門の野戦砲による[ぶどう弾]の射撃は、文字通り、共和国軍の隊列をなぎ払った。


 ぶどう弾は、大砲用の散弾だった。

 その中身は大量のマスケット銃の弾丸(小石などを詰めて代用することもある)で、これを放つことによって、砲口を向けた先に鉛でできた弾雨を浴びせることができる。

 その威力は、戦列歩兵の横隊を、前から後ろまでなぎ倒せるほどだった。


 ヴィルヘルムは兵力をうまく石垣や並木や麦畑の中に隠していたから、共和国軍の兵士たちはその射撃を受けて混乱した。


 勝ったと思って突っ込んで行ったら、準備万端で待ちかまえた敵が、しかも自分たちからは知覚できない場所に隠されていたのだ。

 おまけに、その射撃は強烈で、一瞬で多くの兵士が倒されることになった。


 共和国軍の兵士たちは、「まだ、他にも伏兵がいるのではないか」と警戒せざるを得ない。

 そのために、その追撃の足は止まり、むしろ、一度距離を取って態勢を立て直すために、若干の後退さえ行った。


(驚いた……。


 すっかり、手玉に取っている)


 エドゥアルドは敵が退いたのを見て、全速力の退却をやめ、歩行して後退しつつ隊列を立て直しはいじめた兵士たちの中から、ヴィルヘルムのいるはずの方向を見つめてすっかり感心させられていた。


 すでにヴィルヘルムは、次の防衛予定地点に向けて、退却を開始している。

 しかも、悠々と、隊列を整えて動き出している。


 共和国軍の兵士たちは、それを追撃することができない。

 まだ態勢を立て直せていないし、なにより、あまりにも悠然とヴィルヘルムたちが退却していくので、他にも伏兵が待ち受けているのではないかと、そう警戒せざるを得ないからだ。


 実際のところ、ヴィルヘルムたちのさらに後方には、アントン大将が率いている皇帝親衛軍から分派された部隊が待ちかまえている。

 共和国軍がうかつに突っ込んでくればまた損害をこうむることになるだろうし、だからと言って追ってこないのならば、それでエドゥアルドたちの任務は成功だ。

 共和国軍の追撃を食い止め、帝国軍を安全に撤退させることができてしまう。


 ヴィルヘルムは、その仮面のような柔和な笑みの下で、様々な考えをめぐらせている。

 その内容についてヴィルヘルムはすべてを明かしたりはしないし、エドゥアルドには想像すらつかなかったが、その効果は明らかだった。


(生きて、帰れるかもしれないな……)


 雲霞うんかのごとく押しよせてくる共和国軍を目にした時には、さすがに無理だと、ちらりと思いもしたが、そんな懸念けねんはきれいに消え去ってしまっていた。


 それは、エドゥアルドだけではなく、兵士たちも一緒だ。

 ノルトハーフェン公国軍の兵士たちの表情からは、「生きて帰れないかもしれない」という悲壮感が薄くなり、「自分たちは殿しんがりを成功させて、しかも、相当な数、生きて戻れるかもしれない」と、そんな期待を抱き始めている様子が見て取れる。

 目に見えて、緊張がほぐれ、明るくなっているのだ。


 だが、まだ気は抜けない。

 後退を続けるエドゥアルドたちの背後で、共和国軍のドラムが再び、兵士たちを鼓舞し、進撃を盟汁、おどろおどろしい音を奏で始める。

 共和国軍は態勢を立て直し、追撃を再開したようだった。


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