第七話「繰り返された失敗」
実際、乗っていた時間は2分に満たないだろうか。
周りの席からは絶叫がそこそこ聞こえたが、
唯はジェットコースターに乗っている間、遂に一言も発することはなかった。
ジェットコースターを降り、降り場に向かう間も顔が真顔で無言で付いてくる。
うん。怖いよ、君の顔。
まだ、1つめのアトラクションなんだけど…。
夏休みに入って最初の土曜日、それなりに人が多いようだ。どこも
アトラクションに多くの人が並んでいる。
東京のテーマパークは遠いが、大阪にも似たようなテーマパークができて、
関西の他の遊園地に壊滅的な打撃を与えたようであるが、ここはまだ
大丈夫のようだ。
もっとも、この遊園地も現在は影響を受けており、赤字らしいが、
もう少ししたら、お笑い芸人をイメージキャラクターにした戦略を取り、
V字回復を遂げる。
俺が過去に戻るまでの時まで、この遊園地は閉園することなく、
観覧車は光を放っていた。
「…さあ。次はどれに行こうか!私はねレッサーパンダ!」
「アトラクションじゃないじゃないか。」
「癒しが欲しいんだよ!」
「いいね。いこっ!」「うん!」
唯のレッサーパンダ推しに、女子が賛同し、レッサーパンダを
見に行くことになった。
あれで、少し時間が経つと、またジェットコースターに乗ろうと
言い出すのだから、女子は本当に分からない生き物だ。
「レッサーパンダって、俺見たことないわ。」
「俺も俺も。」
「あれ、小学校の遠足で来なかった?」
「俺のとこは来てないわー。」
「なあ。来てないよな。」
女子に先導され、男子共が連れ立って、レッサーパンダ小屋に向かう。
「かわいいー!」
女子たちが嬉しそうだ。
「餌とかあげれないん?」
「餌はNGって書いてるな。」
「そうなんか。残念やな。」
秋本と冬田は餌をあげたかったらしい。そうだな。
動物の餌やりって、動物園の儲けシステムでしかないのに、
楽しんでしまうな。
女子は、レッサーパンダを十分に楽しんだようで、
「次はあれ行きたいー。」
急流すべりを指差しつつ、移動を始めた。
元気な女子たちだ。
中学生だと、まだまだ女子の方が大人びて、男子の方が
総じてガキっぽい。
ここは、素直に女子にリードさせておくほうが無難だろう。
何より、奏の作戦もあるわけだし。
「じゃ、行きますか。」
俺たちは、さっきと同じく、連れ立って、女子を追いかける。
「どうやって乗る?これ6人乗りだけど。」
「やはり、勇人君が女子5人と一緒に乗って、ハーレムかな!」
「おい。冬田。差別発言が来たぞ。生徒会役員としてどうよあれ。」
「そうだな、その写真を夏休み明けに、SNSで流せば、勇人の女たらし
ぶりが全校に公開できるな。」
「いや。俺の希望と違うから!俺、一言もハーレムしたいって
言ってないから!グー・パーで別れようよ。公平に!」
勇人の無難な提案により、組み分けが決まった。
奏、唯、恵、前田さん、勇人、冬田と
俺、拓、秋本、そして智美に別れた。
「智ちゃんが逆ハーだ!」
「えっ!」
「5人ずつにした方が良かったかな?」
「これはこれで面白そうな分かれ方下からこれでいいじゃない。」
「えー。」
智美の抗議むなしく、乗るメンバーが決まった。
「よろしくお願いします。」
俺たち3人にぺこりと頭を下げる智美。
「ようこそ逆ハーへ!」
「冬田、最悪ー。」
「歓迎してるんだよ。」
こんな偶然はあるものだろうか。もちろんグーとパーを
どう出したかなんて順番は覚えていない。
しかし、分け方としては1回目の記憶と同じ結果になった。
過去に起こった出来事は変わらない。
俺はまた自死する運命が待っているとでも…?
しかし、俺のテストの点数が劇的に上がり、
その結果、カンニング疑惑の騒ぎが起こった。
必ずしも過去起こった出来事が起こるわけではない。
というところだろうか…?
「はい。レバーを下ろしてください。」
俺たちの番となり、係員に案内されて、俺たち4人は乗り込んだ。
俺は右の席が空きで、左には智美が乗ることとなった。
「ドキドキするね。」
「ああ。」
何気ない会話ではあったが、今日初めての智美との会話だ。
カンニング騒ぎの件で、目を逸らした智美は、きっと俺のことを
避けるようになると思って、少し不安ではあったのだが。
夏休みパワーだろうか、智美も楽しんでいるようだった。
「水、結構かかるのかな?」
「ここのは結構かかるって有名だよ。」
「「マジで?」」
「うん。」
「そうなんだー。知らんかったー。」
…思ったよりも濡れたな。
服とかまでは濡れなかったが、顔と頭がびしょ濡れだ。
智美と拓は位置が良かったのかそれほどでもないが、俺と秋本は
なかなか濡れている。
「イエーっ」
「イエーイ!」
前のグループでは奏と唯が濡れ役だったようで、同じく濡れ役の
俺たちにハイタッチしてきた。
「次のところで、離すね。」
ハイタッチしながら、奏が耳打ちしてきた。
どうやら作戦開始のようだ。
実は気が乗らない。失敗することが分かっているだけに。
このことが原因で、しばらく勇人と奏の間に微妙な空気が
流れることとなる。
恵と奏の間はどうだったのかは分からない。
表面上は取り繕っているようには見えたのだが。
だが、失敗することを知っているのは俺だけだ。俺が言い出した
ところで、奏は止めないだろう。
仕方ない…やるだけやるか。
大人になった時に笑い話にできる青春の一コマ。
俺は俺で、今日という日を楽しむことにしよう。
「じゃあ、次はあのカード取るやつ行って見たいー。」
分かっていても止められない出来事もある。
俺はそう割り切って、運命に身を任せることにした。
このアトラクションは、迷路を回って、必要なものを集めて、
最後の出口のゲームで勝つことでカードがもらえるゲームだ。
このゲームは、ゲーム制を無視すると、とんでもない時短ができる。
そう、必要なものを集めず、さっさとゴールに向かい、
最後の出口のゲームに不参加とすることで、
ミッション失敗という終了方法がある。
この手のアトラクションでは、色んな事情から途中で止めたい客が
止められるよう、失敗とすることで、退出することができる。
それを利用して、勇人と恵のペアを残して、さっさと出て、
先に行ってしまおうというものだ。
ちょっと考えれば分かることだが、スマホとかで、先に行ってるとか
連絡できるならまだしも、連絡なしで、残りの人間だけがどこかへ行く。
そんなことをすれば、残った人間は怒るだろうに。
そのあたりは中学生の発想か。
だが、作戦失敗のポイントはそこではないのだが。
「じゃあ、最初のジェットコースターのペアで行こっ!」
「「うん。」」
強引な女子パワーに俺たち男子は何もモノが言えず、苦笑いだ。
そうして、順番にアトラクションに入っていく。
次は勇人と恵の番だ。何も知らない2人は楽しそうに入っていた。
「じゃ、行こっ。」
「おう。」
俺と唯の番になった。係員からカードを受け取り…、一切のチェックポイントを
スルーして、ゴールへ一直線に向かう。
無事といっていいのか、俺たちは無事、失敗して、アトラクションから脱出した。
既に他の皆も出ていたようだ。
「じゃあ、あそこの喫茶店から様子を見てよっか。」
「うん。」
出口の丁度少し上あたりに、喫茶コーナーがあり、こちらからは顔隠しながら、
窓から様子を伺いつつ、2人の様子を皆で見るということだ。
「勝手に店に入ってたっていったら、2人は怒らないか?」
「大丈夫。私と唯がわがまま言ったってことで。」
「さっ。早く早く。」
「お。おお。」
一応、最後の抵抗を試みたが、無駄だったようだ。
皆はそれぞれ、飲み物を注文し、窓際の席を陣取った。
●
「もう、そろそろ出てくるかな。」
「多分。」
「あっ。出てきた!」
皆が少し、顔を隠し気味に2人を伺う。
「ちょっとは進展するかな。」
「うー。ドキドキするー。」
女子のハイテンションに対して
「なあ、お前らが勇人の立場だったらどう思う?」
「そうだなあ。まあ恵と2人でラッキーとは思うが、
かといって、それを出しすぎて、恵に嫌な顔されたら逆に凹むな。」
「うーん。俺も俺が頼んで恵と2人きりになりたいって頼んだとか
思われないかと不安になるな。」
「拓は?」
「分からん。」
「適当すぎ。」
男子は対照的にテンションは低かった。
そう、女子には分かるまい。
男子からすると、罰ゲームを疑ってしまう。
大人になってからなら、そんなことはないだろうが、
中高生時代の、嘘告というやつだ。
俺も中3の時に、奏に嘘告されるが、あれは明らかに
嘘丸出しだったから誰も嫌な気持ちにはならなかったが、
あれほど男子の心を抉る残酷な行為はない。
特に俺のようなモブには、下手すると今後の恋愛に響くほどの
トラウマを抱えるような破壊力がある。
まったく、女子というやつは怖い。
「あっ、2人でベンチに座ったよ。」
「勇人が飲み物を買いに行ったみたいだね。さっすが優しいー。」
女子陣が2人の一挙手一投足に盛り上がっている。
おっさんか。
「なあ、リョータって勇人が好きなん誰か知ってる?」
「いや、知らんな。」
「冬田も知らんの?」
「ああ。聞いたことないな。」
「1年の時は、松本と付き合ってたらしいけど。」
「松本って、2組の?」
「そうそう。」
「へー。松本だったんか。」
「俺、1年の時、勇人と同じクラスだったからね。」
「そっか、秋本はそうだっけ。」
「まあ、良い奴だしなあ。モテるだろうなあ。」
「いいなー。モテる奴は。」
「しかし、まあ、あの4人は俺らの誰かに興味を持ってくれないものかね。」
「それなー。」
「俺らを男子って忘れてるよな。絶対。」
監視モードの女子にほったらかされた俺たちは男子トークに花を咲かす。
これはこれで楽しい気がする。
秋本と冬田とも、これ以降、話す機会が増えることとなるし、
男同士の友情を深めるのも良いだろう。
さて、確かそろそろのはずだが…。
「ちょっと、私と唯で、こっそり見てくるね。」
「大丈夫?ばれない?」
「大丈夫、大丈夫!」
「私も。昨日、弟の忍者マンガ見てきた。」
「それは心強いな。」
奏と唯が、2人にバレないように近づく。上手く陣取れたようだ。
そうして、5分ほど経つと
「あっ、バレたのかも。」
「ぽいね。」
「どうしたん?」
「奏と唯が、勇人と話してる。」
「バレて、言い訳してるってとこか。仕方ない、皆で行くか。」
「どうなったかねー。」
俺たちはゾロゾロと連れ立って、喫茶店を出て、勇人と恵の下へ向かった。
●
「なあ、これなんやったん?」
「いや、ちょっと喉が渇いたから、先に出てた皆誘って、
飲み物買いに行っててん。」
「だったら、飲み物買いに行って来たら、普通、ここの出口のらへんに
戻ってくるんとちゃうの?」
「ちょっと店が混んでてー。」
「俺は、あっさり買えたけど?」
「ほんと、ごめん!」
「いや、ごめんというか、俺と恵をバカにしてんの?放置して。」
「そんなつもりない!」
「俺はいいよ。けど、恵のことも考えろよ。女子に仲間外れに
されてるみたいじゃん。」
「うん。…ごめん。」
どうやら、既に始まっているようだ。勇人が奏と唯に激怒してる。
「悪い。待たせてしまって。」
「お前らもグルやったんか?」
勇人が俺たちを睨む。
あれは確信を持っている目だ。やれやれ、こんなザルな作戦が
上手くいくわけないだろうに。
「ごめん。恵には悪いけど…、俺はここで帰るよ。じゃあ。」
「勇人君…。」
「勇人!ごめん、悪気はなかってん。ほんとごめん、待ってや。」
「なあ、俺が…xxxxx。」
近づいた奏に、勇人が何かを囁いたかと思うと、勇人は
振り返ることなく帰ってしまった。
奏は少し呆然としていたようだが、すぐに立ち直ったようで、
こっちに戻ってきた。
「ごめん!失敗しました!」
「仕方ないね。」
「勇人君、怒っちゃったね。で、今のは何だったのかな?」
「いや、それは…。」
「ううん。何となくは分かるけど、奏と唯は説教かな。
男子もどこまで知ってるのかな?」
目は笑っているが、顔は全く笑っていない恵が俺たちに迫る。
「いや、俺たちは何も。」
「うん。女子と遊べると思ってきただけで。」
「本当に?」
「ああ、本当だって。なあ、唯?」
「うん。男子は知らないよう。」
「ということは、女子は分かってるんだね?」
下手くそめ。せっかく、遊びにきただけっていう
アリバイのパスをしたのに。
「ちょっと空気悪くなっちゃったかもだけど、せっかくの夏休みだし、
明日以降も楽しく過ごしたいから、今日はもう少し遊んで帰ろ?」
「いいの?恵?」
「うん。晩御飯おごってね。あと帰りの電車賃も出してね。
私、少し怒ってるよ。」
「ごめんね。」
女子は表面上は和解できたようだ。
そうして、夏休み初日の遊園地はハプニングはあったものの楽しい1日を
俺は過ごすことができた。
あの時、勇人が奏に言った言葉。それは3年になって、
奏が俺に嘘告したときに、奏から聞かされることとなる。
「なあ、俺が好きなのは…、お前って分かって、振るためにこんなことしたんか?」