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第五十五話「そういうこと…。笑えて来た」

生徒会室の扉を開けると、テーブルには、文化祭の場所決めやスケジュールに関する資料が広げられていた。



奏は会長に目礼し、副会長席に座る。



壮馬はいつもの窓際の席に座る。すると隣に会計担当の3年女子が座り、資料を覗き込むふりをして、壮馬との距離を詰めてきた。



「壮馬くん遅いー。遅刻ー。」



「すいません。」



壮馬は女子に目もくれずカバンから筆記用具を出す。相手をしないわけにもいかないが、相手をするのも面倒くさい。先輩というやつは性質が悪い。



「さて、二人が来たところだし、昨日の続きを初めてもいいかな?」



会長の田岸が言う。



全員の頷きを確認し、



「すまん。正直、去年、ノリで何でも許可したからか、今年はもっととんでもない企画を持ってくるクラスが増えてしまった。本当に申し訳ない。」



「例えばどんなのですか?」



「体育館で空中ブランコをやるらしい。」



「すんませんでした!」



壮馬が立ち上がると同時に手と頭を突き、謝罪する。



「そんなクラスがあるの?」



「大胆ね。」



「3年生?」



「すんませんでした!」



壮馬が二回目謝った。



田岸と奏はやれやれといった苦笑いだ。



「壮馬くんのクラスだったの?私、絶対行くからね。」



「…ケガしても知らないっすよ?」



「その時は壮馬君に手当してもらわなきゃ。」



会計の女子、渚沙はなおも壮馬に絡もうとする。



「他にはどんなのがあるんですか?」



「メイド喫茶をやるクラスがあるんだが…。」



「毎年、どこかやってません?」



奏は、不思議な点はないように思い、会長に確認する。



「それがな…、メイドになるのは男子らしい。」



「は・?」



奏ともう一人の書記、3年女子の美鈴の表情が固まった。



「男子ですか…?」



「ああ、男子だったら、倫理的に問題ないだろうとのことだったんだが…。」



「まあ、女子のスカートの下からカメラを入れてくる、おっさん客は来ないとは思いますけど…。」



「男子もそれなりにメイクして、やるそうだ…。」



「それは、それで楽しそうな気がしますが。」



奏は、各クラスの企画書に目を落とし、メイド喫茶のクラスを確認すると、2年8組と書いてあった…。



リョータと智美のクラスであった。



これは…、ちょっと面白いかも。文化祭は、基本的には生徒会は裏方なのでクラスの方への参加も半分くらいになってしまうのだが、少し楽しみができたかも知れない。










「皆、ありがとう。これで、各クラスの場所割も問題なく整理出来た。助かったよ。」



「今年は、何で提出期限を1か月前までにしたんですか?」



「ああ、夏休み前を締め切りにしていると、夏休み明けてから、やりたいことが変わったと例年言い出すクラスが多かったようなんだ。で、それなら、夏休みが終わって、9月末までに期限を設定したほうが、皆もやりたいことができるんじゃないかと思ってね。」




「なるほど。」



さすがに2年連続生徒会長をやっているだけある。と奏は少し感心した。




会議が終わり、皆が帰り支度を始めようとするが、渚沙は、チャンスとばかりに壮馬に話しかける。



「壮馬くん、帰りにちょっとドーナッツでも食べていこうよ?」



心底面倒くさい。そう思っているにも関わらず、そんな素振りは全く見せずに、壮馬は、荷物をまとめながら、奏の方に視線を向けた。



奏は、生徒会室の隅の席で、特に役職はないものの、顧問の教師に頼まれ資料のチェックを手伝っていた。



「先輩、すんません。今日は奏とおな中のやつらと約束があって。」



壮馬は、渚沙にそれ以上話す隙を与えず、奏に声を掛けた。



「奏、送れないように行こうぜ。」



奏は無言で頷き、二人は生徒会室を出た。



俯きながら、美鈴はそっとカバンからスマホを取り出した。



田岸と美鈴、それにもう一人の会計の3年男子は、微妙な空気を感じ取り、無言ですっと生徒会室を後にする。










「すまん。今度、マジでおごる!」



「そうね、貸し何個目か、もう分からないわ。」



「ほんとすまん!」



そう言って、壮馬は駐輪所の方に向かって行った。




「ふぅ。」



溜息を一つ付くと、奏は歩き出す。



何となく、母校の中学校の前を通る道を通った。



変わらない。



校舎を見ると思う。



校舎を横目に進むと、少し先に公園が見えた。



これまた何となく、奏は公園の方に歩き出す。



公園のベンチに一人座り、ふと目を閉じる。



風の音、遠くに聞こえる車の喧騒。



そんなことを感じていた時だった。





静寂を破る者が現れた…。




「奏、ちょっといい?」



やっぱりか…。



彼女にとって、壮馬やリョータといった目立つ男子の近くにいることで受ける、女子からの嫉妬や嫌がらせは、今更どうでもいい日常の一部だった。



こんな風に1人になりたくなるようなときほど、1人させてもらえない。



だから…、帰り道を変えたのに…。全く、嫌な予感ほど当たるものね。



奏は目を開ける。




「何よ。おな中の集まりはどうしたの?嘘つきね。」



「嘘までついて、壮馬君を独り占めしようとしてるの?キモッ。」



渚沙と渚沙についてきた女子が一緒になって言う。恐らく同じ3年女子なのだろう。



一緒に帰ろうと言ってきたのは壮馬なんだけどなと奏は思いつつも、顔色一つ変えず、静かに言い放った。



「集まろうと集まらないと、先輩に何か関係あるんですか?先輩、xx中でしたっけ?なんでこんなところに居るんですか?迷子ですか?」



その言葉は、二人の女子のプライドを抉った。



渚沙は激昂し、奏に向かって手を振り上げる。



その瞬間



奏は素早く反応した。



奏は、腰を僅かに落とし、女子の腹に一瞬、鋭いパンチを入れた。



「ぐっ…」



女子は、小さく唸り、腹を押さえて苦しむ。



まさか、反撃されるとは思っていなかったのだろう、もう一人の女子が渚沙に駆け寄る。



「私、こんなの慣れてるんですよ。文句があるならいつでもいいですよ?」



奏は、渚沙たちが悔しそうな顔をしているが何もしてこない様子を見て、つまらなそうに言った。



「じゃあ、帰りますね」


奏は、何事もなかったかのように、女子たちの間を抜けてその場を立ち去った。








「アイツ、絶対許せない!」



渚沙は激高する。



「そうよ。」



2人は、屈辱に顔を歪ませ、奏の帰った方角を睨む。




…その様子を、少し離れた植え込みの陰から、男女三人が静かに見ていた。




「先輩知ってます?私、奏先輩のこと大好きなんですよ。」



「奏先輩が困ってることがあったら…、絶対助けたい!って思うぐらいには。」



「ああ。」



 男が軽く頷く。




そして…





「あー、いじめですか?I高の女子がいじめだなんて私ショックー。」



「でも、動画取ったし、SNSで拡散しなきゃ!」



突然の乱入者に挑発され、憤る渚沙たち。



「はあ?何よアンタ。」



「アンタもアイツの友達なわけ?突然、キモイんだけど?」



「いいのか?今の動画、拡散したら、停学か…、最悪、退学なんじゃないのか?」



もう一人の男子が笑いながら言う。



退学という言葉に、渚沙たちは少し、後ろずさり…。



「なあに。黙っててやると。その代わり、ちょっと付いてきてくれないか?」



どうしようと、ヒソヒソする渚沙たち。



男子は、もう一押し必要かというように、もう一人の男子に声を掛ける。




「剣太。教えてあげてくれるか。」




剣太は、無言で前に出ると、渚沙をいきなりビンタした。



乾いた音が響き、渚沙は顔を押さえて倒れる。



倒れた渚沙に、剣太は低い声で凄む。



「黙ってついてこいや。」



女子2人は選択肢がないと諦めて、付いていくことを選んだ。








その日の夜。すっかり暗くなった頃。



奏は、予備校の授業を終え、駅の前を通って帰ろうとする。



すると…



駅前のロータリーに、見知った顔が立っているのを見つけた。



剣太と…



昼間、奏に詰め寄ってきた渚沙たちだった。



こんな時間までまだ居たの?



不思議に思い、奏は遠目に3人を見やる。







渚沙たちは、俯いたまま、微動だにせず立っている。



剣太は、さっきと同じように低い声で言った。



「分かったやんな?また、俺がメッセージ入れたら、来るんやぞ?」



渚沙たちは、ただ怯えていた…。





何だろう?


二人を威圧しているように見える?


剣太とあの2人に関りが?



奏は目を離しづらくなり、スマホを取り出すと、撮影モードにして、そのまま様子を観察する。






「まだ、分かってないなら、まだ続きするか?今夜家に帰さなくてもいいんやし、お前たちの家も分かってる。それと…、親に言ったらどうなるかも分かるよな?」



渚沙たちは、恐怖で声を出すこともできず、素早く頷きを繰り返す。



「じゃあ、今日は気を付けて帰りや」


剣太はそう言うと、渚沙たちに手を振る。



それが合図だったかのように、渚沙たちは駅に向かって駆け出す。



…その背中は、解放された安堵と、剣太への恐怖で丸まっていたようだった。




2人がエスカレーターを駆け上がるのを見ると、剣太はポケットから何かを出す。



それは…



女性ものの下着だった…。



下着を口でくわえ



「ああ、返すの忘れてたわ。」



悪びれずに笑う剣太。



彼は、咥えた下着をポケットに戻すと、その場を立ち去っていく。




その先には、もう一人見知った男子が居た。





…あれは…、秋山…?



剣太と秋山が…?




奏は、スマホの録画モードを終了し、カバンにスマホをしまう。



自分自身の矛盾と負の感情。それらが入り乱れた不思議な感情に支配されようになりつつも、



奏は何か答えを見つけたかのような、妙にスッキリしたような気持ちも感じていた。



「ふふ。ひょっとして、そういうこと…。笑えて来た。」

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