第六話「遊園地にて」
その晩、早速俺は、両親に今日のことを話した。後々、何を言われるか分かった
ものではない。
親がモンペ扱いされるのは困るが、言うべきことは言う親であること、親との関係
は悪くないというアピールを学校にもしておいた方がいいだろう。俺はそう考えた。
次の日、朝から、昨日のことで話がしたいと、母親が電話するのを見届けてから、
俺は家を出た。
教室に入ると、やや怪訝な顔で見てくるクラスメートも居たが、特に嫌な歓迎を
受けることもなく、俺は自席につき、話しかけてきた拓と談笑した。
いじめのターゲットになるのかと少し嫌な気分で登校したが、どうやら気負い
すぎたようだ。
それに、30歳にもなって、中学生にいじめられるとかたまったものではない。
1時間目が終わると、2時間目が始まる前の休み時間に、担任の藤原先生が席
まで来た。申し訳ないな。藤原先生には何の恨みもないんだが、きっと今朝の
電話のことだろう。
「急でごめん。今日、放課後ちょっと残ってくれる?」
「はい。分かりました。」
「ごめんね。」
それだけを言い残すと、藤原先生はさっと教室から出て行った。
「おおう。呼び出しか。不良は違うね!」
「やかましい。」
笑いながら揶揄ってくる拓に、俺は悪態を突きつつ返した。
そうして、その日の放課後、俺は藤原先生と一緒に応接室に入ると、そこには
既に母親が居た。
応接室には、母親の向かいに、教頭先生と、理科のクソが居た。相変わらず俺を
睨んでくる。
コイツ本当にバカなのか?よくこれで採用試験受かったなというレベルで、空気が
読めていない。
教頭先生が俺に椅子に座るように促してきたので、俺は軽く会釈し、母親の隣に座る。
教頭先生と藤原先生の顔を伺う限り、俺を疑っているよりは、謝罪の感じのように
見えた。
そうして、教頭先生から母親に、経緯の説明があり、最後に母親と俺に謝罪した。
確かな証拠もなく、勉学に励み、成績を上げた生徒に対して、教師としてあっては
ならない対応をとったこと
そこで謝罪もしなかったこと
大きく2点のことで学校の非を認めるとのことだった。
終始、理科のクソがちょいちょい睨んできて、そのたびに教頭先生に目で制されて
いるのに、俺は少し苦笑いした。
その苦笑いの俺を見て、藤原先生が困った顔をするといった感じだ。
俺が謝罪を受け入れ、今後、いじめ等に発展することのないよう対応して欲しい
ことを申し入れ、教頭先生もそれを受け入れると、母親も納得したようだった。
教頭先生と藤原先生はどちらかというと、そちらを気にしていたらしい。
どうやら、この2人はまともな感覚を持っていたようで、安心した。
藤原先生は若い先生でありながら、生徒からの信頼も厚くしっかりしている。
生徒や保護者からの評判もいいわけだ。
そうして、その日は、解散となった。
●
そして、日が経ち、終業式の日を迎えた。
明日から夏休み。終業式も終わり、担任から夏休み前の最後のHRが行われていた。
担任の藤原先生が、夏休み中の非行が~、正しい生活リズム~といったよくある
注意事項を話している。
最も、明日から夏休みで生徒は少し浮足立っており、心ここにあらずの者も多そうだ。
俺もそうだ。人生で2回目の中学2年生の夏休み。
これは浮かれるだろう。
俺も他のクラスメートと同じように何となく浮かれ心地で、俺は担任の話を聞いていた。
…そういや、明日は、クラスの何人かで遊園地に行くんだったな。
あの時は、目的のことをメインに楽しんでいたが、そういえば、初めて智美と話したのも
あの時だった気がする。
今回は、カンニングの騒ぎがあっただけに、ちょっと気まずいかも知れないな。
やはり、この人生がやり直しなんだったら…
もう一度…
智美と最初からやり直したい。
今回の遊園地では難しいかも知れないが、少しずつでも近づけたらな…。
そんなことを考えていると、HRは終了し、皆がぞろぞろと帰りだした。
すぐ帰るものも居れば、明日からの夏休みのことで話すものもいる。人は
まばらながら、教室には、まだやや活気が残っていた。
さて、俺も帰るとするか。
階段を下り、下駄箱へ向かう。
テニスコートでは、テニス部が部活の準備をしていた。吹奏楽部が楽器を鳴らす
音が聞こえる。
終業式まで頑張るななどと思っていると…
「おう。今帰りか?」
昼休みのサッカー仲間の壮太が居た。
「ああ、そっちも?」
「おお。今日帰ってから、どっかいかへんか?」
「おお。いいね。じゃあ、帰って飯食ったら、チャリで家に向かうわ。」
「おお。拓とか伸にも声かけとくわー。」
「おっけー。」
そうして俺は、壮太と別れ、帰宅した。
●
翌日。遊園地に行く日だ。
昼前に駅に集まり、皆で集まってから電車に乗って、遊園地内で昼ご飯を
食べてから遊ぶ予定だ。
家から一番近い遊園地が去年から閉園しているため、電車に乗って少し
遠めの遊園地だ。
といっても、市で言えば2つ隣でしかなく、中学生の俺たちにはちょっとした
冒険の気分になれたもんだが、大人になってから思うと、意外に近かったんだな。
まあ、電車に乗ることころからが、遊びの始まりなのかも知れないな。
「じゃあ、出発するよっ!」
そう言って、奏が皆を引っ張る。
しかし、何から何まで気が回る子だ。本当に。
今日は、女子が奏と唯と恵。前田さんと智美。前田さんは卒業するまで、そんなに
仲良くなることはなく、ずっと前田さんだ。
男子が、勇人、秋本と冬田、そして拓と俺だ。ちなみに秋本と冬田も普通には話すが、
まあ普通のクラスメートという距離感だ。
「いやあ、夏休み初日に女子と遊園地って、俺たちリア充だったっけ?」
「いや、陰キャのはずだ。」
「陰キャだったら、最初から来てないだろ」
電車で、男子同士バカ話をしながら、ふと女子を見ると、
奏は唯と、恵は智美と前田さんと話している風だった。
奏は唯と作戦会議だろう。
そして…
智美が…、可愛い。
が、ふと思う。俺は今、外見は中学生だが中身は30歳だ。
その俺が中2の女子を見て、可愛いと思うのは健全なのだろうか。それとも
ロリコンなのだろうか。
俺が可愛いと思う心は普通なのだろうか、それとも異常なのだろうか。
教えてくれ。タイムリープの先輩方…。
「で、あれどう思う?って、聞いてないし。」
「あ、すまん。何だって?」
「まったく…。」
俺たちは、夏休み初日に女子と出かけるというイベントに浮かれ気分のまま、
目的地に到着した。
そうして、まずは昼食で、ハンバーガーのファーストフードに入った。
席は、奏と唯のテーブルに俺と拓。智美と前田さんと恵のテーブルに
秋本と冬田と勇人だ。
一応だが、前田さんは小学校から一緒なんだが、どうにもお嬢さんっぽい
キャラで俺は話しかけづらく、前田さんでしかないが、少し背の低い、
お嬢様タイプで、吹奏楽部に所属しており、男子に密かに人気の子だ。
恵は、奏や唯と同じく、明るい系のショートカットの似合う女子で、この子も
男子に人気がある子だ。
ぶっちゃけ、今日の女子は男子に人気がある子ばかりで、大当たりイベント
ではある。
秋本と冬田は、それぞれ運動部に所属しているが、どちらかというと、
頭の出来の良さを売りにしているほうだ。
顔もそれなりに整っており、女子にそれなりに人気はあるはずと俺は思っている。
勇人は運動バリバリ!ってタイプで、背も高く、確か中1の時は彼女が居たらしいが、
もう別れていると聞いた。
拓は背が低いがこいつも運動系ちょい悪って感じで、女子ともすこぶる仲がいい。
何のことはない、今日のメンバーで、一番のモブは俺だ。
「さて。リョータは分かってると思うからいいけど、拓君には少し説明しとくね。」
「うん?何のこと?」
「実はね。今日はさ、リョータとクラスの溝を埋める以外に目的があるんだよ!」
「ええっ!」
「そこ。そんな小芝居はいらん。」
「ひどっ。」
「酷いのはお前だ。だから親友にはなれないんだ。」
「あはは。奏が悪い。」
「唯もひどっ。」
「まったく。では改めまして…、実はね…。」
奏は今日の目的を話し出した。
アトラクションをみんなで回りつつ、どこかのタイミングで、勇人と恵を
2人きりにさせて、2人で回らさせるというものだ。
その目的は当然、恵が好きになった勇人と2人で居させてあげたいというものだ。
最終的にはいい雰囲気になってもらう。
そして、この目的を知ってるのは、恵以外の女子と、
俺、そして今聞いた拓と、秋本と冬田。
勇人と恵だけが知らない話だ。
最初聞いたときは、女子はこういうの好きだなーとしか思わなかったが、
あらためて聞くと、余計なおせっかいだったんだろうなと、結果を知っている
限りは思ってしまう。
「うーん。分かった。じゃあ、タイミングとかは指示してくれるんやんね?」
「うん。任せて!」
「今日は、私たちの友情の見せ所だよ!」
ノリノリの2人に押され気味の拓だが、ちょっと嬉しそうだ。
そういえば、拓って、この2人ともに告白するんだよな。くそ。俺は智美と
座りたかったのに。
「じゃあ、最初はべただけど、あれに行こ」
奏が一番大きいジェットコースターに向かう。
怖い怖いといいつつ、ジェットコースターは女子に人気があると思う。
むしろ、男子の方が怖がってるんじゃないのだろうか。
ちなみに、俺は某温泉テーマパークの世界最高のジェットコースターに
智美に10回連続で乗らされて、ジェットコースターに目覚めたので、
ジェットコースターは大好きだ。
「せっかくだし、女子と男子でペアになろうよ。」
「ノリノリだな。」
大人になってこんなシチュエーションで乗れたら、お金を取られるんじゃないかな。
そうして、奏は拓と、秋本は智美、冬田は前田さん、勇人は恵、そして俺は
唯とペアになって、ジェットコースターに乗り込んだ。
「さて。ここでリョータさんにお願いがあります。」
「はい。なんでございましょうか。」
「絶対にこっち見るな。」
「…泣くから?」
「うっさい。」
「そうか。」
「そして、私のレバーを抑えている手をさらに上から抑えてください。これは命令。」
「そこまで怖いか…。」
「何か言った!?」
「いや…。」
俺は黙って、力が入っている唯の手の上から、そっと手を乗せた。
そういえば、前乗った時は、俺が照れくさくて、抑えなかったら、
手を握って来たんだった。
こんな積極性を見せられたら、普通だったら、唯が俺に気があるとかなのにな。
これで気がないんだからな。
女子って怖いわ。絶対騙される。
そうしてジェットコースターが、坂を上りだした。