第五十四話「ちょっと足を挫いちゃって」
そして、3年間という一つの時代が終わりを告げる日、卒業式当日を迎えた。
リョータは、成人式にも着れたらいいかぐらいで、買ってからほとんど着ることがなかったスーツに着替えた。
今日で終わりかと思うと、どこか寂しく感じる。
そんな想いを胸に家を出た。
いつもと何も変わらない、駅まで歩く道のり、さえも思い出深く思えてしまう。
リョータが最寄り駅の改札を抜けると、すでに智美が立っていた。
彼女は袴姿だった。卒業の日の朝の光が、彼女の顔を優しく照らしていた。
私服の高校だからか、女子は大学生のように袴の女子が多い。
一応、学校からは余り華美なものはと通知が出ているが、金のスーツを着た男子よりはよっぽど場に会う服装だ。
去年の卒業生に小学校の頃に流行った演歌歌手が来ていた金の服装を真似た男子が居たらしい。
「リョータ!」
いつもの笑顔で智美がそっと寄ってきた。
「似合ってるよ。」
「ありがとう!朝5時起きだったんだよ?」
女性はまず褒めろ。俺の前世での教訓だ。その初手を間違うだけで、修羅場になることもザラだ。
もちろん、前世での智美の地雷を何個も踏むぬいたこともある。
二度目の俺はそういった経験を踏まえて女子に接するからか、割と悪く言われることはない。
処世術の一つと割り切っている。
しかし、世の中には一度目の人生でそういった気遣いができる男性が居る。
なんなんだアイツら。本当に同じ高校生か?と思う場面が多々あった。
「可愛いよ。女子は袴の子が多そう?」
「多分、そうかも。スーツっぽいので出るって言ってた子もいたかな。」
智美と手を繋ぎエスカレーターに向かう。
卒業式だからだろう。ナチュラルな感じの智美が、少し、分かる程度にはメイクを変えていた。
「可愛い感じのも良いけど、今日のも良いね。」
「分かる?お母さんにちょっと手伝ってもらったんだ。」
少し美人系な感じだ。
ちょっと違うが、奏に感じが似ているのかも知れない。
電車に乗ると、座席に並んで座り、リョータは智美の手をそっと握る。
智美も、すぐに安心したように、その手を握り返した。
電車が動き出し、規則的な振動と走行音が二人の間の静寂を埋める。
リョータは窓の外を流れる景色を眺めながら、高校3年間を頭の中で辿り始めた。多くの出来事があったが…
●
「2組は何するんだ?うちは、なんか遊園地をやることに決まったわ。」
「は?遊園地?」
こいつは何を言ってるんだろう。
リョータは心底不思議な顔をして、壮馬を見る。
壮馬は、壮馬で、むしろそういう顔になっていた節があるようで
「いや、去年の2年で、メリーゴーランドを作ったクラスがあっただろ?」
「ああ。あったな。あの人力で回してたやつだろ?」
「それに対抗して、空中ブランコを作ってみようとなってな。」
「は??」
リョータは、さらに、何言ってるんだ?という顔になる。
壮馬は段々楽しくなってきたようだ。
「理屈としては同じだ。ただ、地面を回るか、空中で浮かんで回るかだけの違い。」
「そう言われると、そうなんだろうけど、どこでそんなもんやるん?」
「体育館の隅を使わせてもらうことで、生徒会と交渉したんだけどな。」
「マジか。」
イベント好きな壮馬のことだ。きっと生徒会の交渉も自分でやったのだろう。
だって壮馬は…。
「あら。誰かと思えば、会議を忘れて、彼女さんとデートしてた書記さんじゃない。」
「まさか、今日の会議も忘れて帰ろうとしてるの?」
「げ…。」
「いや、違うんだって。マジで忘れてたんだって…。」
さっきまでの楽しそうな表情から一転して、防戦一方の壮馬だ。
壮馬は2年でありながら、生徒会に立候補し、書記となっていた。書記はたまたま立候補者が少なく、3年男子との一騎打ちとなっていた。
申し訳ないが…、完全に顔で選ばれた気がする。
一部の女子の視線が怖かったが…。
そして、会長は3年生。去年も3年生がほとんどの生徒会だったので、同じく副会長も3年生になると思われていたのだが…
「忘れていたからデートしてました。という言い訳でいいのね?」
壮馬が白旗を挙げた。
「すみませんでした!」
「珍しい。アナタでも謝れるのね。」
「俺の売りは誠実さだからな!」
「へー?夕夏に言っておこうかしら。」
「さっ、奏!さっさと会議に行こうか!すまん、リョータ。先に帰っててくれ!」
「…ああ。」
結局、さっさとこの場を去ることを選択したようだ。それにしても…。
「なんで、お前たちが付きあわないのかねぇ?」
「あら。アイツは手のかかる弟みたいなもんだもの。」
「向こうは、向こうで妹と思ってそうだけどな。」
「妹に毎日注意される兄か。困ったものねぇ。」
副会長になった奏だ。
本人に余りその気はなかったようだが、推薦枠での候補となり、3年女子を打ち破り当選してしまった。
3年女子の応援演説の人とか、めっちゃ頑張ってたのに。
申し訳ないけど…、学年成績、1位と2位。それだけで、2年の票はほぼ、2人に入っていた。
とんでもないなこの2人。
2回目の高校生活の俺の立場なんてまだまだだと思わせる。
「残念ね、壮馬を悪の道に引き釣り込めなくて。」
「いや、普通に帰ろうとしていただけなんだけど…。今日、会議なんて俺は知らなかったわけで。」
「そういえば、今日は智美は?」
「クラスの女子と買い物に行くらしい。文化祭の制服を作るそうだ。」
「そういえば、喫茶店と言ってたわね。彼女にコスプレなんて、言い趣味してるわ。」
「いや。クラスも違うし、完全に濡れ衣よ、それ?」
「そうかしら。」
奏はクスクスと笑う。
「時間いいの?」
「良い当てられたから、早く行って欲しそうね?」
「いや、そんなことないって。」
「分かったわ。名残惜しいけど、私は行くわ。切ないわ…。」
「俺が本当に悪いみたいじゃないか…。」
「あら。悪くないとでも?」
奏と話していると、奏のペースに巻き込まれる。
が、これはこれで、嫌いじゃない。
彼女らしい、友人関係の距離なのだろう。
「じゃ、私、そろそろ行くね。ごめんね。引き留めて。」
「いや、じゃ。」
●
「ん?待っててくれたの?」
「いや、まあ同じ2年同士、一緒に行こうと思って。」
「嘘ばっかり。」
「いや、嘘じゃないぞ?」
「そうね…。半分嘘かな。あれでしょ。会計の先輩。さっそく距離詰めてきてたから、その盾にしたいんでしょ。まったく…。」
「はは。」
壮馬の目が泳ぐ…。
とはいえ。
「ありがとう。」
「ん?」
「大丈夫よ?私は。…もうあの頃とは違うもの。多少の嫌味ぐらい何ともないわ。」
「…すまん。」
副会長に落選した3年女子は、立候補した壮馬を気に入っていたようで、落選後も壮馬に何かと絡んできていた。
他校の友達に彼女の体を取ってもらっりしているものの、他校だからか、いまいち響かない。
面倒なと思いつつ、日々を過ごしていたところ、奏がおな中だと知り、どうも奏も俺を狙っていると勘違いしたようで、通りすがりに嫌味を言ったりするらしい。
この前は、奏のロッカーの前にゴミが散乱していた。
証拠はない。
だが、きっと彼女だろう…。
壮馬は、またか、と思う…。
勝手に好きになって、勝手に人の友人を傷つける。
どうやったら、こういう奴らは、理解してくれるのだろうか。
小学校時代から続く負の気持ち。
壮馬が恋愛に真剣になれない理由の一つであった。
だからこそ、恋愛抜きで付きあえる女友達をとても大切に思うし、傷付けるやつらには容赦はしない。
そんな壮馬の一面を知っているのは、奏とリョータぐらいだったかも知れない。
「壮馬?」
顔に出ていたのだろう。奏が少し心配そうな顔を向けて来た。
「すまん。行こうか。」
「ええ。」
俺たちは生徒会室に向かう。
まあ、会計の女子も絡んできて鬱陶しいのは事実だ。腐れ縁とはこういったものかも知れない。
お互いがお互いをかばい合いますかね。
ガラっ、扉を開き
適当な言い訳をする。
「遅れてすみません。ちょっと足を挫いちゃって。」




