第五十一話「バカップルの惚気もほどほどにね」
夏休みに入り…
俺は、昨年と同じく夏期講習に参加していた。
窓の外の真夏の太陽とは対照的に、冷房の効いた自習室には、他校の生徒も含めた高い志を持つ受験生たちの熱気が満ちていた。
俺は、テキストに目を落としながら、ふと…、この夏に至るまでの日々を思い出していた…。
東南アジアへの修学旅行。
行き先は単なる観光地巡りではなく、現地の日本企業の研修に参加したり大使館に挨拶に行くという、教育色の強いものだった。
やり直し前の高校生活では、こんな経験はできなかった。
上位層の高校が別格なのが分かった気がする。
自分の意志でI高を選び、智美と共に手に入れたこの…やり直しの人生、以前とは比べ物にならないほど満たされた日々だ。
俺の隣の席には、奏が座っていた。
彼女もまた、昨年に引き続き夏季講習に参加している。
奏がH大を目指し、この予備校で猛勉強していることを、俺は知っている。
やがて…午前の講習が終わり、俺と奏は休憩スペースへと向かった。
「リョータ、お昼どうする?今日はコンビニで済ませない?」
「うん。いいよ。」
俺と奏はコンビニで買い物を済ませ…、空いているテーブルで向かい合って座った。
奏は、リョータが買ったパンを見て、くすりと笑う。
「ちょっと…。チョコ系のパンばっかりじゃない…。」
「いや…、おかしいな…。旨そうなやつばかりを選んだつもりが…、ちょっと偏ったかな…。」
「チョコ系ばっか、5個も食べて、よく口の中が甘くならないわね…。」
奏は呆れたようにリョータを見ながら言う。
俺は、パンを一口食べ、ふと口を開いた。
「そういえば、この前、智美とテーマパークに行ったんだが、期間限定の激辛チュロスみたいなのがあってさ。食べた後、二人で死ぬかと思ったわ。」
「ああ、そういえば、海外ヒーローもののアトラクションで、あなた調子に乗って何回も乗って、ダウンしてたらしいわね?」
「な…。聞いたのか…。」
俺は恥ずかしそうに眼を逸らす…。
「そういえば…、修学旅行でも…。」
「ん?」
「ホテルで夕食を食べた後、夜中に抜け出して地元の屋台街みたいなところを散策しようって言い出したじゃない。結局、先生にバレて連れ戻されたけど…。アナタたまに…、バカなところあるよね。」
「・・・はは。」
俺は言葉に詰まり、愛想笑いを返すので精一杯だった。
俺たち一部の男子は、現地の夜の治安を舐めていたようだ。
「…悪かったな、迷惑かけて。ちょっと浮かれてしまって…。」
「別に責めたわけじゃないよ。アナタのそういった性格に…、救われてる人も居るんじゃない?」
奏はストローでジュースを飲みながら、会話の流れを変える。
「そういえば、リョータ、夏休み直前の校内模試どうだった?」
「ああ、学年30位。そっちは?」
「私は、11位。あとちょっとで、1桁台だったのに…」
「さすがだねぇ…。」
…自分で発した言葉で、胸に冷たい違和感が走った…。
そう、中学の時の奏なら、上位に居ることに違和感はない。
俺も努力して、壮馬や奏に追いつこうとした。
が…
何故か…、理解できることが多い。
俺は、パンを一口食べ、平静を装って答えた。
「次こそは奏に負けないように頑張りたいねぇ。」
「楽しみにしてるわ。」
奏は冗談めかして言う。
おかしい…。
やり直しの前の人生で、中堅のやや上程度の高校で、中堅私大に進学した俺が…
国公立に手が届く…、トップレベルの生徒たちと対等に渡り合えている。
始めは、やり直しのアドバンテージと思っていた。
努力の価値を知っているモチベーションだと思っていた。
しかし…、何となく知っていることが多い気がする…?
俺は、パンを噛む手を止め、正面で静かにジュースを飲む奏の横顔を無意識に見つめた…。
何となく…既視感を感じた。この場所だろうか、奏だろうか…、何だろう…?何となくすっきりしないが…。
「何…?私に何か付いてる?」
何となく、考えことをしているのが、奏を見つめているようになってしまっていた…。
俺はとっさに惚ける。
「いや、相変わらず美人だなと思って。」
「へぇ?智美にメールしておくわ。リョータに告られたって。」
「ちょ…、おまっ。」
焦るリョータを見て、奏は笑う。
「ごめん、ごめん、何となく智美にしてた気がして…。」
奏は少し、目を逸らして呆れたように言い放つ。
「彼女に似てるっては褒め言葉じゃないわよ…?」
そして…リョータの目を見て…
「バカップルの惚気もほどほどにね…?」




