第四十三話「嵐がこなければいいけども」
バレンタインデー。
意識する者、意識しない者、意識しているが気にしない風を装う者。様々。
意識する者の中では、勝者と敗者が線引きされる残酷な日。
意識していなくても知らずに勝者になる者もいる。
リョータはどちらかと言えば後者よりだ。智美から貰えることが確定しているから。
そこに…
「義理だよ。義理。」
小林さんと麻衣が席に来て、手渡してきた。
笑顔の二人に礼を言う。
「私ね、新しい財布欲しいんだ。」と麻衣。
「へー。麻衣は誰に買ってもらうのかな…」
麻衣の後ろから、低い声が。
「冗談だよ。でも、智美の旦那さんは器が大きいから私にも分けてくれるよね。」
「もう…」と智美は呆れる。
智美と帰ろうと、下足ロッカーから出たところで、もう1人の待ち伏せがあった。
「はい。日頃のお礼ね。」
奏だった。
「ありがとう。まさか奏もくれるとは。」
「イベント自身は、私は好きだもの。じゃあね。」
奏は2人を邪魔する気はないと、先に行く。
「また、増えた…。」
智美は、少し拗ねたように見えたが、すぐに自分の小さなトートバッグから丁寧にラッピングされた箱を取り出した。
「はい。」
俺は受け取り、カバンに入れようとすると、智美の視線が妙に踊っているのに気が付く。
これは、選択肢を間違えたか…。
しまおうとするのを止めて、箱を開けた。
中には、チョコが入っており、市販の箱ではなさそうだ。そういうことか…。
「ありがとう、智美。食べながら帰るよ」
二人は、並んで歩き始めた。
リョータが一口食べると、智美が期待するような顔になっている。さすがにこれに気付けないほど鈍くない。
「ん!美味い。本当に美味しいよ。手作りかな。」
智美は、幸せそうに微笑んだ。
今度は、正解の選択肢を選んだようだ。
●
「はい。先輩。」
「おっ。貰えると思ってなかったわ。サンキュ。」
「で、私以外にどれくらいもらったの?」
紗矢は少し不満げな顔で、秋本を見上げる。
「義理チョコ1つも貰えないような彼氏をお前は好きなのか?」
秋本は意地悪く笑う。
「その言い方ずるいなぁ。」
秋本は、紗矢の顎に手をかけて引き寄せ…
「愛してる」と囁き、口づけする。
紗矢は、キスが終わるとすぐに顔を背けた。
「やっぱりずるい…」
溜息をつくと、紗矢は、秋本の腕に抱きつきながら、本題へと入った。
「ねぇ、先輩、そろそろかもしれないよ?」
何のことか分からない秋本は、「ん?」とで聞き返す。
「…ゆまのこと。そろそろ飽きてきたっぽいんだよね…。」
そうかと秋本はにやける。
「いくらダメ男好きでも、そう長続きするわけねぇか。で、次の玉はありそうか?」
「うーん、ちょっと今は受験前でピリピリしてる子が多いけど…、私立専願の子で、来週以降、ちょっとあたってみようかなって子は目を付けてるんだ。」
紗矢は楽しそうに答えた。
「お前…、お前も明後日受験なのに、本当に大丈夫か…?」
秋本は、喜びつつも、呆れた声を出す。
「知ってると思うけど、私は学年で結構上だよ?」
紗矢は笑う。
紗矢は、スカートも短く折り、少し目立つ外見だが、成績は良く、学年上位をキープしていた。
先生からも服装での生徒指導は入るものの、成績面が優秀なため、かなり大目に見られているところがある。
「楽しみだ…。」
「でも、ごめんね、私、一緒の高校にはいけないけど」
紗矢は、秋本の胸元に顔を押し付ける。
秋本は、わざと大げさに肩を落とし、「残念だ」と落ち込みを装う…。
「また、ずるいこと言った~。」
紗矢は、秋本の演技に、くすぐったそうに笑う。
「でも…、先輩がそんなことに固執してないのは分かってるし~。」
秋本は、その言葉にふっと笑う。
…人は、環境に慣れる。
軽くても悪事に手を染め続けると、それが当然のことになる…。そして…、刺激を求めて、次の段階に進む…。
秋本自身は…、
剣太という金づるを引っ張り続けて、楽に金を手に入れるという行為を、その程度の認識でいる。
だが…、秋本自身も自覚のないままに…、
少しずつ剣太との関係性が、利用する側と利用される側へと明確に変わっていっていた…。
秋本自身はよくも悪くも、気の合う間柄の人間に影響を受けやすいタイプだった。
リョータの1回目の人生において、秋本自身は、もう少し偏差値の低い高校へと進学し、2年には中退していた…。
今回の人生では、リョータがクラスの立ち回りを変えた結果、
何となく、彼の勉強する姿勢に影響を受け、中間よりもやや上位の高校に進学していた。
そこで、同じように、学力はあるが…、悪ぶったところのある、一場たちと出会い、今に至る。
もし、壮馬の影響を受けていれば、もっと努力をしていたかも知れない。
そして…、紗矢も同じだった。
昔から、それなりに自分の容姿に自信があり、前に出る性格に育った結果…、
衝突するタイプの女子も結構いた。
友達も多いが…、不仲も多い…、そんな女子だった。
軽く見られることも多く、その結果、しつこいナンパにあっていたところを、秋本に助けられて、付き合うに至っている…。
秋本はそれほど大したことをしたとは思っておらず、たまたま、友人たちと映画にいった帰りに、駅前のドーナツ屋の前で揉めているところを、おな中の女子が絡まれてるな?くらいの気持ちで助けた。
紗矢からすると…、高校生2人相手に凄み、自分を助けてくれた男子が後日、先輩だったと気付いて告白し、秋本の卒業寸前から付き合っている。
秋本は自慢するタイプではなかったので、それほど噂にはなっていなかった。
秋本と紗矢…。
似たような2人が出会ったことで…、悪意の思考のシナジーが高まった…と言えるのかも知れない。
…リョータの2回目の人生において…
秋本の剣太の扱いが一線を超えたのは…、この瞬間だったのかも知れない…。
…紗矢は、秋本から顔を離し…、不意に無言でキスする。
キスを終えると…、紗矢はベッドから降り、下着を身に着けだす。
「今日は帰って勉強する!」
「そうか、じゃ、今日は送って行くわ。」
紗矢は、少し驚いた風で、秋本を見つめて笑って言う。
「嵐がこなければいいけども」




