第四十話「月が…きれい…か」
智美の家での出来事から一夜明けて…日曜日の朝。
俺は目が覚めるなり、昨日感じた得体の知れない背中の痛みがまだ残っているのではないかと…、恐る恐る体を動かした。
痛みは…ない。
バスルームに行き、鏡の前でパジャマをめくり、背中を捻って確認するが…、鏡で見ても何ともなっていない。
傷も…、跡も…、何もない。
(一体、何だったんだ...?)
スマホを手に取り、背中が痛い病気を調べ始めた。
「ぎっくり背中」が一番近い気はしたが…、あの異常な熱さと不安感は、単なる筋肉の炎症とは思えなかった…。
ぴったりと当てはまるものは見つからず…
「とりあえず、しばらく様子を見るか...」
と結論付けた…。
そこに、スマホが鳴った。
壮馬からメッセージだった。
『暇なら、今から家に行ってもいいか?』
珍しいと思いつつ、俺はすぐに返信した。
『OK、来いよ』
しばらくして…、壮馬がやってきた。
部屋に入ると、壮馬はカバンから何かを取り出す。
もったいぶったように…、紙袋の中から瓶を一つ取り出し、テーブルに置いた…。
「どうよ、これ!」
お土産は、当時、話題になっていた【食べるラー油】だった。
リョータはそれを見て…、
そういや、そんなのも流行ったな…と思い出す。
「どこに行っても売り切れで、諦めてたんだけど、昨日たまたま寄ったスーパーで、初めて買えたんだ!ちょっと感動もんだろ?」
「よく買えたな」と俺は相槌を打ち、どうするのかと聞くと、
「見せるために持ってくるわけないだろ、食べてみようぜ」と壮馬の誘いに乗った。
●
そして、冬休みは進み…、街全体が年の瀬の空気に包まれた大晦日。
リョータは、智美と麻衣、奏、小林さん、壮馬、友哉と友哉の彼女の綾乃、そして永瀬と、大人数で集まっていた。
一行は、電車で、初詣の場所を目指していた。
賑やかな電車に揺られ、皆で笑い合う。
俺は懐かしい気持ちになりつつも、ちょっと大人になった気分を味わっていた。
駅を降り、寺に向かう。
深夜にもかかわらず多くの人で賑わっていたが、それでも寒い。
寺に着くと、皆で順番に並び、静かに除夜の鐘を鳴らし…、その後、彼らは賑やかな屋台で、買い食いをしつつ初詣へと向かった。
智美は麻衣とベビーカステラを食べ差しあいながら歩いていた。
君たち器用だね…。
神社に着くと…、賽銭を投げ入れる列に並び、震えているとようやく順番が回ってきた…。
俺は、智美の横に立ち、深く頭を下げた。
そして…
心の中で、今年も智美と楽しい一年を過ごせるように…、と強く祈る。
自分の番が終わり…、リョータは1つ後ろに並んでいた奏に目をやった…。
奏は静かに目を閉じ、手を合わせていたが…、神妙な顔をして願おうとして、ふと手を止めた。
一瞬、迷ったような素振りをしたものの、すぐに再び静かに手を合わせていた…。
その様子を見た壮馬は、ニヤニヤしながら奏を揶揄う。
「おや、奏さん?随分と大掛かりな願い事かと見受けられましたが、何をそんなに願ったんですか?」
「ちょっとね」
と、奏はさらっと流した。
奏も正月ぐらいは信心深くなるものだろうか。
友哉と綾乃は、互いの手を握り合い、寒さをしのぐように仲良さそうだ。
くっつきすぎだろ、あの2人。誰かツッコめよと思うも、後ろの永瀬と小林さんは完全にスルーしている。
初詣を終えると…、少し冷えたため、少しファミレスに皆で立ちよる。
…どこも満員のようで、少し待たされたが、待っている間も皆で楽しく会話していると時間はあっという間に過ぎた。
そして…、
空はまだ暗く…、寝不足のテンションのまま、皆で帰りの電車に乗る。
元旦とはいえ、さすがに電車が混むには早い時間だったからか、皆で仲良く横並びで座り…
「ねぇ、壮馬君、また別れたって?」
小林さんにまで知られていた壮馬は、軽くため息をつく。
「まあね…。」
「壮馬君はモテるけど、なんで続かないのかな?っていうか、いつもどうやって女子を落としてるの?」
壮馬は、ふと振り向き、窓から空を見上げる…。
そして…、少し意地の悪い笑みを浮かべ…
「月がきれいだな…」
「何それ。古典小説じゃないんだから」
ツッコむ、小林さんはハッと息を呑み、顔を俯かせ、一気に赤くなっていた…。
壮馬は、悪い気がしない。
「そうか…。」と呟き、さらに小林さんの目を見つめる。
「ストップ!」
小林さんは焦りながら、「もうっ」と軽く憤慨して壮馬をジト目で睨んだ。
壮馬は軽く笑う…。
リョータと智美は、そんな二人のやり取りを少し笑いながら見つめ、新たな年が始まったことを実感するのだった。
壮馬は、ボソッと、もう一度振り返り、窓から夜空を見上げ、誰にも聞こえないほどの声で呟いた…。
「そうだな…、月が…きれい…か。」




