第三十九話「あの背中に走った痛みは一体…?」
季節は巡り…
寒さが身に染みるクリスマス前のとある土曜日。
俺は、朝から智美の家に遊びに行っていた。智美の両親は、週末の用事のために朝早くから出かけている。
午前中はリビングで、二人は他愛ない話をしたり、映画を見たりして過ごした。
昼過ぎ、リビングの電話が鳴り…
「うん、分かった。気をつけてね。明日の朝に帰ってくるんだね」
電話を切ってリビングに戻ってきた智美は、少し肩をすくめた。
「ごめん、リョータ。お母さんから。夜遅くに帰ってくるって」
「何か悪いこと?」
「ううん。お父さんと日帰り温泉に行ってるんだけど…、道がめっちゃ混んでて、まだたどり着けてもいないみたい。思ったより遅くなりそうだから、晩御飯は自分で何とかしてねだってさ。」
「そっか。じゃあ、一緒になにか作る?」
「うん。」
智美は頬を赤らめ、冗談めいた口調で言った。
「どうせなら明日に帰ってきてくれたら、リョータを泊めれるのに。」
俺は、智美の心臓の音が聞こえそうなほどドキドキしているのを察したが、自然体を装った。これでも精神年齢はアラサーだ。大人の余裕の見せどころだ。
「俺も一緒に居たいけど、さすがに黙って泊まるのはまずいでしょ。」
智美は少し残念そうだったが、すぐに表情を戻した。
「…だよね。」
●
夕方くらいになり、二人は智美の部屋で過ごしていた。
部屋には日が傾きかけ、柔らかな夕闇が差し込んでいる。
「あっ」
智美がテーブルのコップを取りそこない、倒れそうになる…
俺がとっさに手を出すと、指先に少しジュースが零れるくらいのところで、テーブルがジュースまみれになるのを防げた。
「ありがとう!」
智美がハンドタオルで、指にかかったジュースを拭き取る。
「ごめんね。」
と智美がリョータを見上げると、リョータの顔が届きそうな距離にあった。
「…」
ふと、少しの無言が部屋を支配し…
リョータは、静寂の中、智美の鼓動だけが聞こえているような気がした…。
見つめ合う二人。
智美の瞳には、夕闇の光と、リョータの姿だけが映っているように見えた。その視線に、リョータの心臓もわずかに高鳴る。
リョータはそっと智美を抱きよせて…、そっと…キスをする。
「…ん。」
「リョータ…、カーテン…閉めていい?」
俺は…無言でうなずいた。
●
どれくらい経っただろう…。
目を覚ますと…、智美が俺の顔を見ていた…。
「おはよう。」
そう言って、智美が俺に軽くキスをする。
「ごめん。気が付いたら、寝てたみたい…。」
「ううん。私も。でもちょっと痛みで目が覚めちゃったかな。」
照れくさそうに智美が笑う。
カーテンを開けると外はもう真っ暗になっていた。
スマホを探し、時間を見ると、19時半を表示していた。
智美は下着を身に着け、シャツを着ると
「何か作るね。ご飯食べて帰って?」
「うん。じゃあ、早速何か作りますか。」
「うん!」
智美が差し出した手を取り、俺もベッドから起き出す。
脱いだ服を着ると、智美がそっとリョータの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた…。
「好き…。」
「俺もだよ…。」
そういって抱きしめ返す。
智美は満足そうに、キッチンに誘う。
「オムライスでも作るね。」
キッチンへ向かう智美について行き、俺は手伝いを申し出た。
智美はエプロン姿で楽しそうにチキンライスを炒め、卵を焼く準備を進める。
その家庭的で可愛らしい姿に、俺は思わず
「可愛いな…。」
「ありがとう。」
バカップルをしている自覚が沸いたが…、これはこれでいいもんだ…などと、感慨深く思っていると
「リョータ、ごめん。食器をテーブルに取ってほしいな。」
「わかった」
俺は食器棚を開け、二枚の皿を選んだ。
「これでいいか?」
リョータが皿を持って振り向くと、智美が
「どれ?」
手を止めて振り返り、俺の方を見る。
その手には、まだ料理途中で包丁が握られていた。
「うん。それでいいよ!ありがとう。」
智美の返事が先か分からない刹那…
俺は…
全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
音が…消えた…
(っ...!?)
な…んだ。これは・・・??
背中が熱い…。
まるで…背中を貫かれたかのような錯覚…
冷や汗が吹き出し、強い背中の痛みを感じた…。
これは…一体…?
静寂の中…、耳鳴りがする…
目の前が暗くなる…
足が…動かない…
手は…動く…!
動いた手で、背中を擦るも…痛みは治まらない…
な…
声が出ない…
何が…?
遠くで女が笑う声が聞こえる気がする…
やばい…、倒れそうだ…
「xxx」
「xxx」
「リョータ?」
「リョータ?」
…智美…?
「リョータ?どうしたん?」
智美の呼びかける声で、俺は…我に返った。
智美は心配そうに、顔を覗き込んでくる。
その瞳に、俺が映る…。
「大丈夫…?なんか、顔が白い…よ?体調悪くなった?」
俺は慌てて笑顔を作った。
「ごめん、なんでもない。なんか、一瞬耳鳴りがして…。」
自分でも異常だったことが分かったぐらいなので、嘘を付いてもバレると思い、俺は半分だけ本当のことを言った…。
皿をテーブルに置き、すぐに背中を触ってみるが…
やはり…何ともない。傷も、痛みも…、もちろん血も流れていない…。
「無理しないでね?」
心配そうに智美が言う。
「ありがとう。ごめん、なんか一瞬変だったかも。もう大丈夫。」
俺は自分の心を無理やりに落ち着けさせ、選んだ皿を持って智美に近寄った。
智美が優しく笑い、オムライスを盛り付け、テーブルに運んだ。
●
食べた後、玄関から手を振る智美に見送られながら、名残惜しくも俺は智美の家を出た。
帰り道、リョータは歩きながら、何度も背中を触るも、やはり何もない。
原因不明の痛みを不思議に思いながら家路につくのだった…。
「あの背中に走った痛みは一体…?」




