第三十六話「波紋」
22時。深夜のファミレスは、夏休みのため賑わっていた。
店内を見回せば、高校生風の男女がチラホラ目に入る。
Kに通う秋本は、店内一番奥の席に座っていた。
彼の日常は、特にやりたいと思うこともなく、ただ時間を消費しているだけだ。不満はないが、少し退屈していた。
向かいには、高校の友人である一場と大月がいる。秋本は、コーラを飲み、彼らの下品な内容の会話を冷めた目で聞いていた。
(しょーもねえな…。)
そこに、剣太がやってきた。雑でだらしない私服だ。
「悪ぃ、遅れたわ。親にバレへんように抜けてきたから」剣太は椅子を引き、無造作に座る。
秋本は、大変だったなと、剣太にメロンソーダを手渡す。昔から内心では剣太を「バカな奴」と見下しており、友人扱いはしていなかった。
一場や大月も、剣太に対しては同じ軽蔑の感情を抱いていた。
一場が口を開いた。「で、お前は最近どうなの?」
剣太は、秋本が差し出したメロンソーダを乱暴に飲みながら、興奮したように口を開いた。
「せやけど、俺の狙いは中学の時から変わってへん。智美や」
剣太は、その瞳に執着を宿らせた。
「リョータみたいな地味な奴に渡してええわけないやろ。あいつ、いつからか急に勉強頑張ってるらしいけど、マジで腹立つわ」
秋本は、その言葉を聞いて探りを入れた。
「へー」と流しつつ、秋本は口の端をわずかに上げる。
「つーか、剣太。お前、中学の時、リョータとめっちゃ仲良くなかったか? いつも一緒にいたやん。なんでそんなにムカついてんの?てか、唯に告ってなかった?」
「は?あいつと?仲良くなんかないわ。」
剣太は顔を歪める。
「唯はなんとなく告ってみただけで、告白の練習台ってとこや。まあ、リョータとは中学の時はしょーもないことでつるんどったけどな。高校は別々やし、関係ないわ。あいつが智美と付き合うとか、ムカつく以外にないやろ」
ちょうどその時、剣太が「喉渇いたわ」とドリンクバーへ向かおうと席を立った。
通路へ出た瞬間、大学生くらいの男性と肩がガツンとぶつかった。
「いてぇな!どこ見て歩いてんねん、テメェ!」
剣太は、反射的に声を荒げるが、相手の静かな威圧感に体が硬直した。
「あ?学生か?そんな調子に乗った声出すなよ。邪魔だ。」
男性が低く言い放つと、剣太は顔を真っ赤にしてキョドるのが精一杯だった。
その様子を見て、一場と大月はバカなやつと見下したように溜息する。
秋本は、口元を歪ませながら、剣太を見ていた。
(行く高校を間違えたと毎日、退屈してたが…、コイツ、バカだけど、意外とおもちゃ位にはなるか…?)
秋本は舌打ちをして立ち上がり、先ほどの男性に近づくと、静かに頭を下げた。
「すいません。こいつが馬鹿で、すみません。もう二度と近づきません。」
男性は「ああ、もういいよ」とだけ言い残し、席に戻っていった。
秋本は剣太の肩を掴み、席に引き戻した。
「アホか、テメェ。店で騒ぎ起こしてんじゃねえよ。この店に来にくくなるだろ?大人しく座っとけや…。」
秋本は冷たい声で言った。
そして…秋本は、改めて剣太に向き直り、ニヤリと笑った。
「そんなに智美が好きなんかねぇ。好きな女なら奪ってみれば。」
剣太は、その言葉にさっきの情けなさを忘れ、目を輝かせた。
「そうだよな!」
「ああ…。智美は情熱的なアタックに弱いかもよ。」
秋本の頭の中では、剣太という「あらためてコイツ、バカだな」と呆れるとともに、おもちゃを手に入れたことによる高揚感が湧いていた。
しかし、同時にどうしたものかという迷いも生まれていた。
(コイツ…。智美の友達の唯にこっぴどくフラれておいて、よくその友達にいこうとできるな…)
秋本は、元クラスメートであるリョータに喧嘩を売るつもりは毛頭なかった。一応、剣太も元クラスメートであるのだが…。
秋本が求めているのは、退屈を忘れさせてくれる刺激であって、地元で揉めたいわけではない。
(このバカをどう使えば、俺自身に火の粉が降りかからずに、退屈を潰せるのか。どうしたものか…。)
秋本は、適当に流すように、剣太に告げた。
「とりあえず、告ってきたら?」
秋本は、一場と大月に視線を送ると、2人は笑いを隠すのに必死にこらえているようだった。




