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第三十三話「過去」

体験講習と説明会が終わり、リョータは教室のざわめきの中で立ち上がった。



蒸し暑い日だったが、受験という目標を共有する同年代の熱意は、彼の中に確かな熱を生んでいた。



国公立を目指すという目標は、前世での「どうせ俺なんか」という諦念を打ち破り、自分自身が人生をやり直せている意味を強く感じさせてくれる、強い動機付けになっていた。



静かに荷物をまとめている奏と目が合った。彼女の落ち着いた雰囲気は、教室の喧騒の中でも際立っている。



リョータは軽く手を上げると、奏はそれに応えるように静かに頷き、合流した。



「どうだった、体験授業」とリョータが尋ねる。



「まあ、悪くはないわね」と奏は冷静に評した。「リョータにしては、真面目に聞いていたみたいだけど?」



「俺の扱い相変わらず悪くない?奏と成績そこまで離れてないよね?」と少し落ち込みつつ返した。



「冗談よ。」



奏は悪びれもせず、あっさりと言った。



俺は、ふっと軽くため息を突きつつ、仕方ないなという表情を返した。









二人は予備校を出て、駅へ向かって歩き出す。夕暮れの湿った空気が肌にまとわりつく。リョータは、昼間の教室での既視感を頭の隅に追いやりながら、次の言葉を探した。



「喉も渇いたし、せっかくだから、どこか寄っていかないか?」



何となく、このまま帰るだけが勿体ない気がしたので奏に聞いてみた。。



奏は一瞬考える素振りを見せたが、「そうね、たまにはいいかも」と同意し、二人は駅前のファーストフード店へと入った。



窓際の席に座り、ドリンクとポテトを前にして一息つく。予備校の緊張感が解け、少しだけリラックスした空気が流れる。



「ところで、智美には断っておかなくていいの?今から浮気するんだけどって」



「大丈夫ってか、相手か奏だと伝えたら、きっと浮気自体を信じてもらえないさ。」



「そう?だったらいいのだけど。リョータには女心が分からないから、少し心配。」



「…一応、奏と寄り道して帰ることを報告しておく…。」



俺はスマホを取り出し、智美にメッセージを送る。



「そうね…。私からも、リョータ愛してるわと智美に送っておくわ。」



「…お前ね…。」



「冗談よ。」



相変わらず悪びれない奏。



「そういえば」と、奏は、近況報告のように話し始める。



「この前、志穂と恵と三人で遊びに行ったの。志穂は少し雰囲気が変わってたわ。」



「コバちゃんと芽衣とも遊んだわ。芽衣は…、木島さんって分かる?」





!!!!





「木島芽衣」――その名前を聞いた瞬間、俺の頭に鈍器で殴られたような衝撃があった。



(どうして…俺は忘れていた……)




俺は、無意識に蓋をしていた記憶を、強制的にこじ開けられたような衝撃に襲われた。



彼女は、前世で初めて付き合った彼女…。



一緒に出掛けた先で倒れ、懸命な治療も虚しく助からなかった、あの耐え難い悲しみと後悔。



辛くて、記憶に蓋をしていたということか…。



そういえば、彼女は、壮馬の時計を届けに来てくれていた。



俺は感情が絡みすぎて、記憶を曖昧になっていたようだ…。



「…木島さんは…ちょっと分からないな。」



俺は必死に動揺を抑えつけ、グラスの氷をかき混ぜながら、努めて平静を装って応える。




「それと、あまり良くない話だけど、秋本はちょっと変な感じになってるみたい。冬田が言ってた。」



「冬田と秋本はK高だっけ。」



俺は、秋本の話にも、未来の変化の波紋を感じた。前世の自分が関わらなかったことで、別のところで歪みが生まれているのか、と不安がよぎる。



そして…、奏から質問が飛んできた。



「リョータは、剣太や拓とは今でも繋がっているの?高校は別々になったけれど、結構仲が良かったでしょ。」



「俺か?ああ、GWの時に皆で会ったきりあってないな。たまにメッセージのやり取りをするくらいだ。言われてみると…剣太もA高に行ってから微妙かも知れない。拓は最近バイトを始めたって言ってた。」



俺は、話の流れを変えるように、ふと思い出した出来事を口にした。



「そういえばこの前、学校からの帰りに、久しぶりに中学の時の理科の平田先生を見たんだ。なんか、随分と老けてた気がする」



奏は、少し考える素振りをしてから、「ああ、あのリョータを嫌ってた先生ね」と、あっさりと言い放った。



「そう、それ! 真面目に授業受けてるのに、意味が分からなかったな。今思い出すと、ちょっと腹立つな。」


俺は過去の理不尽さを思い出し、少し憤慨した。



「ふふっ。何故か嫌われてたね。」奏は微かに笑う。








俺が今の高校生活の充実ぶりを話した後、奏が触れた唯の彼氏の話で盛り上がった。



「唯が彼氏を作るなんてな。あいつのハードルを超えれたお方に一度お目にかかりたいものだ。」



「唯に伝えておくね。」



「ごめん。鬼電が来るからやめてくれ…。」



「私、ちょっと甘いものが欲しいな?」



「OK。OK。いくらでも食べてくれ…。」



俺はあっさりと白旗を挙げた。




俺は無理やり話題を変えるべく、



「そういや壮馬が…、また彼女を振ったらしい。」



「そういえば、そんな話を聞いたわ。おな中の身としては、あまりひっかえとっかえ彼女を作るのはどうかと思うけども。」



「見た目も性格も良いんだが…、あいつはあいつで、理想の女性像が高いからな…。」







ふと、奏は、真剣な表情に戻った。



「それで、昼間話していた進路のことだけど。リョータは国公立って言っていたわね。具体的に、どこを狙っているの?」



「漠然とだけど、H大かなって思ってる。」



それを聞いた奏の目が、少しだけ見開かれた。その表情は驚きの色を帯びていた。



「そう。私もH大を目標の一つにしているわ」



俺は既視感とは違う、奇妙な運命の重なりを感じた。



前世では、自分は私大に行ったため、奏がどこを目指していたかさえ知らなかった。だが、今、同じH大という目標を目指している。



奏は静かにリョータを見つめた。



「合格したいね。」



俺はまっすぐ前を見つめて言った。



「もちろん。」



奏は一つ頷き、「お互い、頑張ろ。」と応じた。










談笑が途切れ、二人はファーストフード店を出て帰路に就く。



少し歩き、お互いの家の方向が分かれる道の前で別れの挨拶をする。「今日は楽しかった。ありがとな。」



奏は「こちらこそ。また学校で」と応じ、静かな笑顔を見せた。



改札を抜ける俺の心には、芽衣の存在を再認識した衝撃が重くのしかかっていた。




「芽衣…。」



俺はふと彼女の名前を呟いた…。」



5年後、亡くなる運命の彼女のことを思い、胸が痛んだ…。



こんな時、1度目の人生であれば、酒を飲んで眠りについたのだろう。



この時ばかりは、まだ自分が未成年であることが少しもどかしく感じ…、足取り重く、家に向かった…。

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