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第三十二話「夏」

夏休みに入って少し経った、蒸し暑い日の午後。俺は、予備校の入り口に立っていた。目的は、夏季講習の無料体験と説明会だ。



智美とのプールデートは、一瞬の不安がよぎったものの、全体としては最高の時間だった。



智美の無邪気な笑顔は、俺がこの人生をやり直せている意味を強く感じさせてくれる。



しかし、同時に、未来が少しずつ変化していることも肌で感じていた。唯に彼氏ができたこと、



何より…、俺が智美と付き合い、同じ高校に進んだ。



(周りの友人もは二度目の人生だなんて感じは当然なく…、何が起こったのかは分からないままだが…。)



前世の俺は、あまり勉強せず、中堅の私大に進んだ。だが、今の俺には未来を知っているアドバンテージと、



高いモチベーションがあり、期末テストの成績はクラスでも上位だ。



(この調子でいけば、国公立だって夢じゃないかも知れない。)



それが、今日ここに来た理由だ。そして、前世で抱いていた「どうせ俺なんか」という諦めを打ち破るためだ。



予備校の建物は、静かだが、独特の熱気に満ちていた。受付で「体験授業の説明会に来ました」と告げると、パンフレットを渡され、大きな教室へと案内された。受験という目標を共有する同年代の熱意が、肌で感じられる。




俺は、真ん中ぐらいの、壁際の席を選んで腰を下ろした。後ろ過ぎず視界が開けて、集中しやすい場所だ。




席に着きかけた、その瞬間だった。





(あれ……?)






教室の隅、俺の席の後方に、見慣れた顔を見つけた。




奏だ。




彼女は、俺と同じように資料を開いて、真面目な顔で見回している。緊張した様子もなく、落ち着いた雰囲気がある。




俺は、驚きと同時に、どこか腑に落ちたような感覚を覚え…




「よお、奏。こんなところで出会うなんて。」




俺が軽く声をかけると、奏はスッと、こちらを向いた。その表情はすこしキョトンとしていて…




「リョータ?...どうしてここに?」




「今さっき。知り合いに会うなんて思ってもなかった。」




「まさか、リョータまで来ているとはね。進路に興味を持ったの?それとも、智美に触発されたの?」



奏は、軽く肩をすくめて見せた。




「いや、何となく…。どうせなら国公立とか、無理かなって。」




俺が正直に言うと、奏は静かに俺を見つめ、頷いた。



「国公立ね。あなたにしては、随分と高みを目指すのね。いいことだわ。」



「お前こそ、どこ目指してるんだ?」



「私はまだ具体的な目標は定めていないけれど。ただ、この夏で不安要素を潰しておきたいの。それがあとで響くのは避けたいから。」



奏はそう言って、持っていたテキストを指でトントンと叩いた。



その動作を見た瞬間、俺の頭の中に、軽い違和感を感じた。



(なんだ、これ……。)



既視感だ。



この教室、この席、目の前の奏の表情、彼女が指差したテキストの表紙、そして彼女のセリフ――。まるで、全く同じ光景を、過去にも経験したような感覚。



(待て、俺は前世でこの予備校には来ていない。この会話も、この夏期講習も、全部初めてのはずだ。それなのに、この光景を「知っている」気がする…?)



俺が二度目の人生を歩んでいるからこそ、過去にはなかったはずの場所で、前世と同じ光景に遭遇するのだろうか。まるで、世界が俺の行動に合わせて、強制的に辻褄を合わせているかのように。



俺は、一瞬息を止めた。





「リョータ、どうかした?急にぼーっとして…」




奏が心配そうな表情で覗き込んでくる。



俺は慌てて、作り笑いを浮かべた。



「いや、なんでもない。ちょっと、初めての予備校で緊張してるのかもな。変な汗かいたわ。」



「...あなたでも、緊張することがあるのね。少し意外だわ。」



奏はそう言って、再び真剣な表情で資料に目を落とした。



(考えすぎか……。既視感なんてものは、感じることは意外と多い。)



俺は振り替えると席に戻り、意識を眼の前のパンフレットに戻した。



そのとき、教壇に一人の男性講師が立ち、説明会が始まった。




(俺の未来、智美の未来…、絶対に変えてみせる…。)



俺は深く息を吸い込み、ペンを握り直した。

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