第二十三話「声」
俺は大きな嬉しさと少しの不安を感じながら、智美の顔を見つめていると…
「もうちょっと、遊んでから帰らない?ね?」
そう言って、俺の袖を掴んだ智美の頬は少し紅く染まっていた。
「ダメ?」
不安定な未来を思い浮かべたからか、俺の返事が瞬時に出なかったことで、智美の念押しがきた。
きっと俺の顔が否定的な顔に見えてしまったのだろう。俺は心を落ち着けながら
「うん。もちろん。」
「じゃあ、次はね…。」
観覧車の扉が開くなり、智美は俺の手を引っ張り、次の目的に連れて行こうとする。
自然と繋がれた手。付き合って3か月程度。今日、初めてキスした2人、きっと自然さよりもドキドキする感情が勝つんだろう。
俺は、智美とのやり直せる喜びを噛みしめながら、軽く手を握り返した。小さくて冷たい手。
●
「二人で撮りたかったんだ~。」
俺は智美に連れられ、プリクラ機の中に入った。俺の知るプリクラ機は、もう何年も前から、顔を加工しまくるものだったが、
今のプリクラ機は、まだそこまで進化していない。しかし、智美はポーズを変えたり、ハートマークを作ったり、楽しそうにしている。
その様子に、俺の心も少しずつ、平穏を取り戻していった。
「はい、撮ります!」
パシャッ、パシャッ。
シャッターの音が鳴り響く。
その瞬間、
俺の頭の中に、何かがフラッシュバックした。
「リョータ…。ごめん…。私、 好きな人ができたんだ…。」
「……え?」
「ごめんね。でも、もう、終わりにしたいんだ……。」
フラッシュバックが終わった。
俺は立ちすくみ、混乱した頭を整理する。これは一体……。
「リョータ?どうしたの?」
落書きする手を止め、智美は不思議そうな顔で俺を見ていた。
俺は…、さっきの出来事は幻覚だったのだろうかと思い、智美に聞いた。
「智美……、今、何か変な声が聞こえなかった?」
「え?変な声?何も聞こえなかったよ?」
智美は不思議そうに首をかしげる。
「一体…?」
「ごめん、気のせいかも。」
気を取り直して、俺の顔に猫の耳を生やしたり、ヒゲをつけたり、楽しそうにいたずらしている智美に倣い、一緒に落書きした。
今の声は一体…。確かに聞こえた。しかも知っている声だった気がする。
俺は、言い知れぬ気持ち悪さをぬぐい切れぬままであったが
「できた!はい、リョータ!」
智美はそう言って、出来上がったプリクラを俺に手渡した。
「ありがとう。」
俺はプリクラを受け取り、智美の笑顔を見る。
その瞬間、俺の背中に、冷たい視線を感じた。
俺はハッとして振り返ったが、そこには誰もいない。
「どうしたの?」
智美はまた不思議そうに俺を見つめていた。
俺は、もう一度、頭の中で響く声を思い出した。
「終わりにしたいんだ」
誰かが、俺にそう囁いている。
そして、プリクラに映る俺の顔には…、
猫の耳もヒゲもついていなかった。しかし、その顔は、まるで別人のように、不気味な笑みを浮かべていた。
「なっ…」
俺は声にならない声を出し、体中から嫌な汗が流れるのを感じた。
目を閉じて改めて、プリクラ見る。
すると…、2人で落書きしたプリクラのままだった。
俺は、そのプリクラを、すぐにポケットにしまった。
まるで、誰にも見られたくない、秘密の宝物のように。
●
帰り道、俺と智美は、手を繋いで歩いていた。
「今日はありがとう。すごく楽しかったよ。」
「俺もだよ。」
俺は智美の手を握り返し、智美は俺の顔を見上げて、安心したように微笑んだ。
その笑顔に、俺は胸をなでおろした。
さっきの出来事は、気のせいだったのかもしれない。そう思うことにした…。




