第二十二話「ジンクス」
「うわあ、高いー。」
そう言って、智美は窓から見える街の様子を見る。
少し怖いのか、俺の手を握る手に力が入る。
ビル群が近いからか、高さをリアルに感じる。落ちたら確実に死ぬのだろうと…。遊園地の観覧車とはまた少し趣が違う。
春休みに入った今日、俺と智美は昼間から遊びに出ていた。
まだ、お小遣いに世話になる身分であるため、大してお金を使うことはできないが、それでも中学生なりに頑張ってみて、
服を見たり、ご飯を食べたり。
そして、今、商業施設の上にある観覧車に乗っていた。
「あっちの方はどこ?」
「…あっちの方は…」
智美との会話を楽しんでいるようで、実は俺の心はそんなことを全く考えていない。
この観覧車には、少し、くだらないジンクスがある。
もっとも、ありがちな不幸になるジンクスではあるのだが、救いがあるジンクスだ。
曰く
「カップルで乗ると別れる」
正確には
「乗ってる間にキスをしないカップルが乗ると別れる」
というものだ。
誰がこういうことを広めるのか知らないが、なかなかいいジンクスだ。
この手のジンクスは、大抵xxをすると別れるという、別れしか結果が残らないものが多い。
だが、キスをすると別れないという、何とも都合のいいジンクスだ。
成人同士の付き合いであれば、一蹴されるジンクスであるが、これが中学生ともなると、少しハードルが上がる。
むしろ、初々しい付き合い方をしている、中学生以下のカップルが、自然とキスできるように目論まれたものではないだろうかとすら思う。
さっきから、智美が話しかけてくるたびに、適当に返事をしているが、全く頭に入っていない。
俺の年齢なんて関係ない。
俺はただ、智美とキスをしたい。完全に中学生男子の思考になっていた。
こういったジンクスは得てして女子の方が圧倒的に詳しい。
きっと智美も知っているだろう。
下心を正直見透かされているかも知れない。
だが、それでも俺はキスしたい。何故ならクリスマス以降、キスしていない。清いお付き合いを続けていた。
とはいえ、余りにもムードがなさすぎるのもどうかと思う。
ガツガツしていると思われるのも正直嫌だ。
ここまでしなくても、付き合ってたら、キスぐらいするだろう。
だが…
あれ以降、智美に隙が全く無い。
そんな雰囲気にさせてくれないのだ。
受験生だったので、当然と言えば当然なのだが。
「思ったより寒くないね?」
「うん。でも上の方はちょっと冷えるかも。」
智美の感想に俺は軽く否定を入れ、さりげなく体を引っ付ける。
智美の様子に変わりはない。
楽しそうに景色を見つつ、俺に笑顔を向ける。
そろそろ天頂付近だ。そろそろ決めないと、時間がない。俺は焦る。
「そろそろ頂上かな?」
「あ、ほんとだね。」
智美はひょっとしてジンクスを知らないのだろうか。
もし知らないのなら、俺は完全に一人空回りしていることになる。
智美の様子に全く変化はない。
世の中の歳の差カップルというのは、こういった年齢から来る経験や認識の差をどう埋めているのだろうか。
特に俺の場合、外面的には同年齢のカップルでしかない。それ相応の振舞いをすればよいのだが、
中学生で彼女ができたのは初めてなのだ。男女の機微の距離感を未だに掴み切れずにいる。
きっと、勇人と恵の方が、カップルとしては自然体なのだろうとすら思ってしまう。
智美が成長して、俺と同じ年齢となるとき、俺の精神は30歳のままなのだろうか、それとも45歳なのだろうか。
などと、考えているときだった。
「リョータ。好きだよ。」
「え?」
それは一瞬だった。
何の前触れもなく、智美が俺にキスしてきた。
俺がキョトンとしていると、智美が少し恥ずかしそうに俺を見る。
「どうやってキスしようかとしか考えてなかったでしょ?」
俺は驚愕した。バレバレだったというのか。
「ここの観覧車って、カップルで乗ったら、キスしないと別れるって言われていることぐらい、知ってるよ?」
俺の背中に嫌な汗が流れる…。
智美はやはりすべて分かっていたのだ。分かったうえで、楽しんでいたのだ。だが、俺が心ここにあらずというところが見え見えだったようだ。これは恥ずかしい。
「私だって、そういうの興味ないわけじゃないんだよ?」
「…智美。」
その智美の表情が可愛くて、俺は智美の頬に手を寄せて、今度は俺からキスをした。
「…最初からそういう風にしてほしかったな?」
「ごめん。」
完全に手玉に取られていた。
やはり、男には女子というものは一生分からないのだろう。
世の中が変わり、男女の権利や性別の違いすら、言葉にすることがタブーとなるような時代が今後やってくる。
だが、女心は、男心では測れないし、きっと理解することはできないだろう。
俺は、この先もずっと、この彼女と歩んでいきたい。
俺は強くそう思う。
今度こそ…と。




