第十九話「夏期講習にて」
夏休みに入って2週間が過ぎた。
「私はもう駄目だー…。」
「頑張ろう、志穂。来週は1週間休みだよ?」
「辛いっす…。」
「分かる、分かるぞ、志穂…。」
「で、あんたは何があったの?」
「先月買ったゲームの裏ボスが強くて…。」
「ああ、9の裏ボス?私はもう倒したわよ?」
「マジか…。」
夏休み初日から始まっている塾の夏期講習。休憩時間に集まると、志穂の弱気に釣られ、俺も少しだらけた声を漏らした。
隣に座る智美が俺の頭を撫でて慰める。
「甘やかしすぎじゃないの?」
「やっぱりそうかなあ…。」
奏の指摘に苦笑する智美。
まあ、実際、入試は2回目の俺のアドバンテージは大きい。合格率を上げるというよりは下げないために、夏期講習に参加しているといっても良いだろう。
あとは、まあ歳相応に思われるように、流行りものにも手をだすようにしている。
机に突っ伏していると、智美がリョータに尋ねて来た。
「ねぇ、リョータ」
「ん?」
「今日帰ってきた先週の模試の結果、どうだった?」
少し落ち込んだような顔をする智美。
模試の結果が良くなかったのだろうか。
「I高とS高がA判定。5教科で、塾内順位は2位で、志望校は3位だったよ。」
「そんなに…。」
「智美は?」
「私は、I高もS高もB判定。5教科で、塾内順位は120位で、志望校だと400位だったわ…。」
「この時期だったら、まだ大丈夫だと思うよ?」
「そう、なのかな…。」
「そんなものよ。これからの半年で大きく変わると思うわ。」
「そっか。志穂は?」
「私もどっちもB判定~。」
突っ伏しながら志穂が答える。
「大丈夫よ。2人ともここから半年頑張ったら、きっとAになるわ。」
「そういう奏は?」
「私は、I高だけだけど、A判定だったわ。」
「すごいなあ。」
「4人で、I高行こうよ。」
「「うん。」」
奏は自信の判定を自慢することなく、2人の応援をする。
俺は隣で少し落ち込んだ様子の頭を改めて撫でる。
「頑張ろう。智美。一緒の高校、行きたいよ。」
「うん、頑張るね。」
「バカップル…。」
●
…その夜、ふと、1年前のことを振り返った。
あの日…、自分の車で練炭自殺を図った。薄れゆく意識、俺は死んでいくのだろう、そう思った。
ただ、すべてを終わらせたかった。
だが、俺は終わらなかった…。これだけは、確かに思い出せる。
あの日、あの時の智美の部屋での出来事…。
今でもあの時の絶望は覚えている。
智美の部屋の扉を開けて中に入った瞬間、俺は何が起こったのか分からなくなった…。
本気で、分からなかった。
だってそうだろう。今から旅行に行こう。まさにその直前、俺の親友との逢瀬。
他の日だったら、そうはならなかったかも知れない。
俺が来る日ではないのであれば、俺に気付かれることはない。
だが、よりによって、旅行に行き、俺が迎えに行こうと瞬間に。何故?
一方で今でも不思議に思うことがある。ほぼ毎日のように会社で顔を合わせ、一緒に帰り、平日であっても家に泊まることがあり、週末ともなれば一緒に居なかった日の方が珍しい。
一体、いつ2股を掛けていたのだろうか?そんな時間がいつ合ったのだろうか。
5年も一緒に居れば、お互いに生活パターンも知れる。その合間を縫ってというのは可能とは思うのだが…。
あれは、本当に智美と剣太だったのだろうか…。
いや、智美と剣太…、には間違いないと思う。
2人と目が合ったのだから…。
だが…、合意であったのだろうか?かといって、剣太は粗暴な奴だが、女性に乱暴するような奴かと言われると…。
合意が合ったとして、俺が来るであろう家で…?
この違和感について、考えつくことは実はなくはない。
1つは、俺にバラしたかった。そしてもう1つは、バレるかも知れないという興奮、そういう性癖があったのかも知れない。
しかし、俺にバラしたかったというのなら、その後、俺に連絡をすることもないだろうに。
バラしたくなる目的は何だろうか。
考えうるものは、別れたいということだろうか。もしくは寝取られ性癖とでもいうものか。
あの後、確かめることをしなかった俺には真実にたどり着くことはできない。永遠に。
鬼のように届いていた智美からのメールも見ることもなかったが…、今思えば、剣太からは何の連絡もなかった気がする。
智美は言い訳をしたかったが、剣太は言い訳をする気はなかったということだろうか…。
現在の智美を浮かべ、そして、未来の智美を思い浮かべる…。
外見的なものはさておき…、性格は大きく変わっていないように思えた。
少なくとも平気で他人を傷つける類の人ではないと断言できる。
あらためて、彼女として付き合ってみて、彼女の性格に触れたからこそ思う。
…堂々巡りか…。
思考を止めて、我にかえる。
未来の智美と現在の智美。どちらも智美だ…。
むしろ現在の智美を俺はまだ十分に知りえたわけではない。
そのあたりに…、俺の未来をよくするための答えがあるのかも知れない。
俺は、寝ころんだまま、右手を突き出し、天井に向けた。
何故こんなことが起こっているのかは分からないが、絶対に未来を…、未来を変えてみせる。
俺はそう誓う。
「何?隣の大ちゃんみたいに、総合格闘技とかに憧れてるの?中3のこの時期に…、ほどほどにしてね。それじゃおやすみなさい。」
…偶然、廊下を通りかかった母親が俺の姿を見て、去っていった。
俺は恥ずかしさのあまり、電気も消さずに布団の中に潜り込んだ…。
いつも、感想、いいね、誤字報告ありがとうございます。
感想にはネタバレでしか返事ができないため、返事をさせていただいておりませんがモチベーションに繋がるのと、21回目の方のラストはこうしたほうがいいか等々考えさせられることもあり、すべて嬉しく思います。