第十八話「拓VS唯」
「ごめん。ううん。拓のことが嫌とかなんじゃなくて…、その気持ちは嬉しい。ほんと、私なんて好きになってくれてありがとう。でも私、まだ恋愛というか、男子が好きっていうのが分からなくて…。」
「そうか…。」
「ごめん、でも…、勝手かも知れないけど、友達としては居て欲しいかな。ダメかな?」
俺は既視感に襲われつつも、唯の真摯な態度に感じ入りつつ、友達では居て欲しいという少し残酷な言葉には何とも言えない気持ちとなっていた。そしてふと横を見ると、
駄目だったかーというような表情をした、恵と志穂と目が合った。
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明日から夏休み。今日は終業式で通知表を貰うだけで家に帰れると思っていたところ、予想外の声が掛かった。
「ねぇ、リョータ。ちょっと来て?」
「ん?何だ?」
「こっちこっち。」
俺は恵と志穂に強引に連れ出されるように、渡り廊下にやって来た。
「リョータも今日来るの?」
「俺も?今日?何の話?」
どうやら、唯がまた男子から呼び出されてて、その付き添いがあるそうだ。
俺に声を掛けた理由は、その男子が…、拓だったからだった。
「いや、俺は聞いてないよ?」
「そうなんだ。」
「じゃあ、拓君は一人で行くのかな。で、リョータは今日は、終わったら帰るの?ちょっとくらい時間ないの?」
「ああ、明日から夏季講習始まるし、今日くらいはゆっくりしたいなーって思ってるけど。」
「「じゃあさ。ちょっと時間くれるよね?」」
2人の強引なまでの圧に負けて、俺も拓の告白に付きあうこととなった。
行く必要は全くないんだが、こうまで押し切られると何とも断りがたい。
「行ってもいいけど、俺、拓に呼ばれてるわけじゃないし、友情関係終わるんじゃね?みたいながあるんだけど…。」
「大丈夫。今回は、終わったら拓君にバレないように私たちと一緒に唯と合流すればいいよ。」
えぇ…。拓はフラれるの前提ですか…。女子怖すぎなんだけど…。
唯は、今日の終業式が終わって、皆が帰った後、教室に少し残ってて欲しいというものらしい。
一部の部活はあるが、確かに今日は皆帰るのが早い日だ。女子に残ってもらって告白というのは、ありなシチュエーションかも知れない。
だが、体育館と違い、距離を取って様子を伺うなんて難しいと思うんだが、そのあたりはどう考えているのだろうか。
この2人はそんな抜けているタイプではないとは思いつつ、念のため聞いてみる。
「どうやって見るの?」
「うん。普通に中庭側の廊下に座って、聞くよ?」
全然ザルな方法だった。
「えっ、それって、テニス部とかから丸見えなんじゃ…。」
「今日はテニス部は部活ないんだって。それに、吹奏楽部も今日は体育館で練習するらしいから、中庭側の廊下で座ってても気付く人は居ないと思うよ~。」
ちゃんと確認はしてくれているようだった。だが、こっちの物音とかがバレないかは少し不安ではある。
…そろそろ、終業式の始まる時間だ。これ以上の調整は無理そうだな…。
「分かった。どこに集合すればいい?」
「えっとね。一応、教室からは離れたいので、式が終わったら、5組の裏の渡り廊下辺りに来てくれる?」
「分かった。」
俺はそう返事すると、皆に混ざるようにして体育館に向かう。
しかし、俺ってやじ馬みたいに思われてるのかな…。少し自分の立ち位置に不安を覚える。
「さてと…、どうなりますかね…。」
俺は一人呟くと、追いついた拓の肩を叩いた。
●
中庭を見ると、確かに今日はテニス部は休みのようだ。いつもは音が鳴り響く吹奏楽部の演奏の音も聞こえない。
滅多に来ることのない5組の教室を超えて、渡り廊下に来ると、志穂が居た。
志穂は俺に気付いたようで、軽く手を振ってくる。
「ごめん、ちょっと恵が先生に呼ばれてて。」
「そうなんだ?時間かかりそうなのかな?」
「大丈夫だとは思うけど、でも、リョータが合流したら先に行っててって言われてるよ。」
予定外の出来事があったようだが、恵と志穂の間では話はついていたようだ。
じゃあ、行こうという志穂に合わせて、中庭側の廊下伝いに、俺たち2組の教室に向かう。
しかし、友達の告白シーンをまたも見る機会が来るなんて、しかも同じ女子相手に。
「頭、下げて。」
志穂が小声で俺の方を抑えつつ、かがんだ。どうやら既に教室に唯と拓が居るようだ。
何だか、放課後に女子とこうやってコソコソ行動するのはむず痒いものがある。
こういった日常の全てが大人になった時に、思い出というやつに変わるのだろうか。
ガラっと、扉が閉まった音がした。
「ごめん、急に残ってなって言って。」
「全然いいよ~。それよりもどうしたの?」
唯と拓の声が聞こえる。
体育館で聞いていた時よりもよっぽど声が通る。ということは、こっちの音や声も聞こえるかも知れないと思うと、少し緊張が走る。
すると
トントンと肩を叩かれ、振り返ると、拝むような手を作った恵が来ていた。
どうやら恵も間に合ったようだ。
「始まってる?」
囁くような小声で恵が尋ねてくる。
「ううん。まだ、今からみたい。」
「そっかあ…。間に合ってよかったぁ」
少し急いできたのか、恵が軽く息を吐く。
「どうなるかな…。」
「うーん、今回は分からないなあ。」
「そうなの?」
「うん。剣太のことはずっと嫌ってたけど、拓君のことはそんな様子ないし。」
「うん。唯って誰が好きとかってあんまり言わないしね?」
「そうなんだ…。」
「だから、歴史の証人は一人でも多い方がいいとおもって声かけたんだ。」
恵は悪い笑みを浮かべつつ、俺に囁いた。
「あのさ。」
「うん…。」
人の告白を見るのは、これで2度目ではあるが、やはり今回も俺が告白するわけではないのに、少し緊張してくる。手に汗握るというのはこういうことだろうか。俺の手が汗で湿ってきた。
「今まで、皆と一緒ではあったけど、色んなとこに行ったり楽しくてさ。」
「うん。」
「いつも話してて、一番楽しいなって思ってて。もっと話したいなって思ってて。」
「うん。私も皆で遊んでたのすごく楽しかったよ。」
うわぁ…。剣太の時とえらく違う。
本当に嫌われてたんだな。少し剣太に同情する。
「あのさ…。」
「うん。」
「ずっと好きだった。俺の彼女になってもらえませんか。」
「私は…
ごめん…。」
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「拓ってさ、すごく周りを引っ張る感じもあるし。」
「皆に元気を与えれるような人だって思ってる。」
「でも、私は…、恋愛とか分からないくて…。ごめん、恋愛が少し怖いって言うか。」
「本当、ごめん、今の関係とかも壊れるのも怖くて…。でも友達でも居たくて、勝手でごめん。」
「そっか…。」
本当に剣太との差が露骨だな。だが、唯が恋愛が分からないってのも妙な気もするが、傷付けないようにするための断り方とも思えない。まだ彼氏には興味がないといったところだろうか?
チラッと、恵と志穂を見ると、少し泣きそうな表情に見えた。
「唯ってなんかあったの…。」
「…うん。ちょっとね。でも、それは私の口からは言えない。もし、唯から言うようなことがあったら聞いてあげて。」
「そっか…。」
「うん…。拓君だったらいけるかなって思ったけど、無理だったかぁ。」
「ふーん。」
小声で2人とやり取りすると、2人は拓の告白に対して、唯はOKするのじゃないかと思っていたらしい。結果フラれたが、良かったな拓。
「あっ、唯が行く。」
「じゃ、いこっ。」
「え、俺も付いて行っていいの?」
「うん。リョータも付き合わせてるってちゃんと唯に伝えてあるから大丈夫だよ。」
「そうなのか。」
3人は、拓に気付かれないように、反対側の校舎の階段口に向かい、そこから1階まで一気に駆け下り、手に持っていた下履きに履き替えると、一目散に南の校門に向かう。
少しすると、唯が来た。
「どうだった?」
「うーん迷ったんだけどね。」
「へー。」
「リョータもごめんね?。」
唯が頭を下げつつ俺に謝る。
「いや、俺は別に。」
「智美に報告しないとね。リョータが覗きしてたって。」
「えっ、それはちょっと罠過ぎない?」
「私、アイスクリーム食べてから帰りたいな~。」
唯が悪そうな笑みで俺の目を見つめる。
こうして、この日、また一つの恋が砕けた。だが、この恋が叶わない恋であるのかそうでないのか、この時点では誰にも分からない。未来の分岐はちょっとしたことで変化するのだから…。
だが、俺が何度人生をやり直したとしても…、俺は唯と付き合える日はきっと来ないだろうと思った…。