第十二話「智美と初デート」
唯の家でのクリスマスパーティはすごく楽しく過ごすことができた。
ただ、俺と智美への尋問が大半で、すごくむず痒くなったが。
男子は晩御飯前に帰ったが、女子は今日は唯の家に泊まって、女子会をするらしい。
智美は嫌がる風はなく、逆に惚気ていた感じもしたので、女子の質問攻撃に対して、惚気攻撃で返すのかも知れない。
そんなバカなことを考えながら、駅に着くと、ワンピース風の服にコートを羽織った女子が俺を待っていた。
「ごめん、お待たせ。」
「大丈夫。私も今来たとこだよ。」
智美は既に到着していた。俺は今日も待たせてしまったらしい。おかしいなまだ、15分前なんだが…。
よく見ると、耳にはイヤリングをし、ちょっと化粧もしているようだ。元々、美人系のタイプではあるが、中学生にしては大人びて見える。
未来の智美を知ってはいても、今の智美も可愛い。改めてそう思った。
「今日はいつもよりも可愛いね」
ストレートに智美を褒めた。この年頃だと遠回りな褒め方は分かりにくいだけだろう。
実際、可愛いと思ったわけだし、そこに嘘やお世辞はない。
学生時代、制服姿は毎日見ていても、私服を見る機会は少なく、やはり新鮮に感じる。
「ありがとう…。そのリョウタ…君もカッコいいよ。」
「いやいや智美ほどじゃないよ。」
これは本心だ。成績や性格といった、経験から歪めることができる要素と異なり、顔や外見というのは、中学生男子個人の努力でできる範疇を超える。この時代、男性用化粧品にはまだまだ理解がなく、整髪料を付けただけで学校ではその場で頭を洗えと言われてしまう。それらの面を差し引いても、俺は正直イケメンと呼ばれる男子には入らない。それくらいの分別はある。
「じゃあ、いこっか。」
「うん。」
切符を買って電車に乗り込む。早くICカードを持ちたいものだ。電車の切符をいちいち買わないといけないことに、地味に面倒さを感じていた。
当たり前のことが当たり前でなくなるというのは、不便なことだ。
「智美は、今日の映画って、俳優のファン?それとも原作?」
「実は…歌も買ってる…」
「俳優の方だったか。」
今日は2人で映画に行くのだが、有名作家の作品で、理系の大学教授が謎を解くシリーズものの映画だった。
俺は作家の方の作品が好きで、他の作品もよく読んでいた。
だが、実は俺も主演俳優も好きだった。イケメンにも関わらず、ラジオでのくだらないトークの落差がすごく好ましかった。
「ダメだった?」
「ううん。そんなことないよ。俺も見たいって思ってた映画だし。その…、智美と行けるが嬉しい。」
すると、智美はちょっと俯きながら…
「うん。私も嬉しいかな…。」
ああ、いいな。中学生っぽい。何とも初々しい感じがする。これはクセになりそうだ。
「原作は読んだことあるの?」
「ううん。でも、シリーズのドラマは全部見てるよ!」
「さすがガチのファンだね。」
退屈で寝てしまって、俺だけ映画を見るなんていうことはなさそうだ。良かった。
終わった後の感想が、彼の演技の感想だけになったとしても、俺もこの映画は所見ではない。
それよりも、久しぶりの映画館デートというものに、俺も少しテンションは上がっていた。
オチが分かっている推理ドラマ。面白さは半減かも知れないが、彼女とのデートと思うと、そんな気分も吹き飛ばしてしまう。
「奏も見に行ったって。良かったって言ってたよ。」
「そうなんだ。奏もファンだっけ?」
奏も俳優のファンかと思ったリョータはそう口にした。
すると、智美はちょっと笑顔になり、
「奏だけじゃなくて、志穂もだよ。志穂はファンクラブも入ってるよ!」
「おぉ。」
「そして、私も入ってたり…。」
智美は嬉しそうに言う。
数年後、彼が女優と結婚し、多くの女性と、そして男性もショックを受けることになるが、そんな無粋なことを言う必要はないだろう。
「へぇ。いつから入ってるの?」
「小6からだから、2年前くらいかな。」
小学校から、ファンクラブに入っているとは…。ガチなやつだったか。そうか未来の智美からそういった話を聞かなかったのは、彼が結婚した後に、智美と再会したからか。
俺はそんなことを思いつつ、智美との会話を楽しみながら、電車が目的の駅に着くと映画館へと向かった。
冬休みだからだろうか。年末といえど、社会はまだ仕事納めの日を迎えておらず、学生風の客が多い気がする。
「どちらの席になさいますか?」
「結構、選べるね。このあたりでどうかな?」
智美が言う席は、中段の最前列で、前に人が居ない席だった。俺はいいねと頷く。
係員からチケットを受け取り、入口に向かう。
しかし、それにしても迂闊だった。
「ありがとう、助かった。」
「何のこと?」
「いや、学割に気が付かなくて…。」
リョータがそう言うと、智美は照れくさそうに笑う。
「ううん。出るとき、お母さんに言われたんだよ。学生証があったら映画は安くなるよって。」
「そうなんだ。」
「お母さんにお礼言っとくよ。」
大学生の時は学生証を常に持ち歩いていたが、中学生の時は制服に入れっぱなしだった。多分、こんな風に学生証を必要とするときだけ、持って言ってたという記憶がある。
しかし、学割で半額近くなるとは、学割も侮れないな。
ふと、智美を見ると、その視線は売店に向いているようだ。
「飲み物と…、あとはポップコーンでも買う?」
リョータが聞くと、智美は頷く。
「あの…、限定味にしたいんだけど、ダメかな?」
「うん。いいよー。」
そういえば、どうでもいい話だけど、ポップコーンの売店の利益率はすごくいいらしい。80%を超えているというのも聞いたことがある。
映画館全体の収益でも4割ぐらいあるとか。確かに、100円で売ってそうなものを10倍近くの値段で出しているのだから、利益率は相当なものなのだろう。
だからといって、今ここで、2人でポップコーンを食べるのを止めるなどと無粋な発言を絶対にする気はない。
智美の言う、限定味を見ると…
【黒糖塩バターキャラメル】
は?
黒糖に…、塩バター、さらにキャラメルだと…?いくら何でも盛りすぎじゃないか?
「飲み物は、どうなさいますか?」
ポップコーンを注文すると、間髪入れず店員にそう聞かれた。
「ホットコーヒーで」
迷いなく注文した智美を横目に俺は少し迷う。
甘いのか辛いのか分からないこの食べ物に合う飲み物は何だ。何が正解だ。いや、黒糖とキャラメルで、恐らく甘い方が勝つに違いない。俺は時間にすると3秒くらいだろうか、脳内をフル回転させた結果
「自分もホットコーヒーで。」
「なんかおかしかった?」
「ううん。そんなことないよ。」
リョータはそう言って何でもない風を装いつつ、智美と一緒に入場した。
席に座ってしばらくすると、他の映画の予告編を挟んで映画が始まる。
ラストが分かっていても、面白い作品は面白い。導入部分や途中部分などの細かい部分はさすがに覚えていない。
ポップコーンを食べつつ、映画に見入っていると、ふと左手が暖かくなった。
俺は、映画を見つつ、そっと左手に添えられた手を握り返した。
すみません。ちょっととある検査を受けないといけなくなり、結果陰性だったのですが、結果が出るまでは自宅から出れなかったり、その間、ちょっとダウン気味であったり、皆様もどうぞご自愛ください。