第一話「はじまり」
もし、過去に戻ってやり直すことができたら。
多くの人たちが一度は夢想したのではないだろうか。
あの時、あの場所に、あの人に。
金、恋人、名誉、そこに至ることができなかったものに。
それは、新入社員の頃?大学生活?高校時代?中学生の時?小学生?それとも幼稚園?
その人にとってのターニングポイントは人それぞれ。
俺は…、中学時代に戻りたいと思う。
何故かって?
そうだな、俺の場合は…
プロポーズ直前にNTRされた彼女を
取り返したい。
中学時代からもっと深くお互いを知り合えていたら、きっとNTRなんてされなかったはずなのだから…。
●
学生時代の出会い。それは不思議な縁だ。
ただ、偶々同じ学校の校区に住んでいた。ただそのことだけで、一生の付き合いになる出会いもあれば、全く交わりがないこともある。
その時の出会いは薄かったとしても、その後に出会い、より深い関わりになることがある。
人の出会い、分かれ、それは後になってみないと分からない。いや、後になってみても分からないのかも知れない。
その結末は、自分の人生が終わるその時に、その出会いと別れがどういうものであったのかが、ようやく結論が出るものなのかもしれない。
俺にとって智美は、後になっての出会いにより、濃い関りになった。そういう関係だった。
中学を卒業してからだから、10年ぶり。そうちょうど、10年振りだ。
俺が働く会社に中途で入社してきた女性。それが智美だった。
最初は智美と気が付かなかった。
もう少し、正確に表現すると、俺は智美を覚えて居なかった。
中学の2年と3年の2年間、クラスメートだったらしい。
らしい…、というのは、それほど会話をした記憶もなく、思い出にもなっていなかったからだ。
歓迎会で、たまたま、歳が近いことが分かり、話が盛り上がるにつれ、なんと同じクラスに居た
ということが分かった。
そんなこともあるんだと、その時はその程度にしか思っていなかった。
同じ課ではあるが、担当が違ったため、歓迎会以降、挨拶や軽い雑談はするという程度の
関係であったのが、
たまたま、少し大きめのプロジェクトに一緒に参加したことをきっかけに話す回数が増え、
気が付くと、彼女に惹かれ、そして深い関係になった。そんな関係だ。
結婚まで意識していたかというと、その時点ではそこまで正直考えていなった。
それはそうだろう。社会人とは言え、まだ入社後3年目のペーペーである。
俺自身もまだまだ遊びたいし、付き合うことイコール結婚と考えるにはまだ早すぎる年齢だと思っていた。
そうして、5年が経ち、年齢が30代になった頃くらいからか。
俺は結婚というものを意識するようになった。
周りでも結婚するやつが出だしたし、何となくそろそろかな?と思うようになっていた。
そして、あれは忘れもしない6月23日。智美の誕生日の前日だ。
翌日から3日間、2人で旅行に行こうとしていた。
そこで俺は…
プロポーズしようと思っていた。
旅行に行くときは、朝早くから出かけることができるよう、前日から、智美の家に泊まり、
そこから2人で出発する。
いつからかそんなサイクルとなっていた。
あの日、智美は有給を取っており、俺は仕事が終わってから、家に車を取りに帰り、21時ぐらいには智美の家に行く。
そういう予定だった。
しかし、夕方からの会議がなくなったため、俺は定時退社ができ、一緒に晩御飯でも行こうと、
ちょっとしたサプライズのつもりで、2時間早く智美の家に着いた。
そうして向かった俺を待っていたのは
ソファで乱れる智美と俺の親友だった…。
その後のことはちょっと覚えて居ない。
翌日、智美の鬼電と鬼メールを無視した俺は、予定していた有休をキャンセルし、
仕事に向かった。
しかし…
これが大失敗だった。
こんな精神状態でいい仕事ができるわけがない。そんなことすら、その時の俺は判断できなかった。
その日、俺は一週間後に予定されていたシステム変更を強引に実施し…、
ニュース記事を飾る、大障害を発生させてしまった。
当然、俺は酷く叱責され、職場での立場はなくなった。
智美とも疎遠となり、職場からの執拗なパワハラに疲れた俺は
絶望し、自分の車で練炭自殺を図った。
なんて人生だ…。
そうして俺は意識を失った。
…はずだった。
俺は死ねなかった。
俺は死ぬことすらできないのか。この地獄から。俺は助けてもらえないのか。
そう絶望した俺は違和感に襲われた。
見覚えのある天井…。どこだ?
病院でもない。かといって俺の部屋でもない。一体…?
起き上がると、見覚えがある俺の実家の部屋だ。10年ほど前に出た俺の実家に俺は運ばれたのか?何故?
ふと、手元を見ると、昔、何度もやったゲーム機が置いてあった。
「これは…。実家から出たときに、もうすることがないだろうと捨てたはず…。」
捨てたはずの、ここにないはずのハードがあった。
これは、人がその人生の終わりに自分の人生を振り返る、走馬灯というやつだろうか?
窓から外を眺める。
昔見た風景が広がっていた。
俺が出た後に、空き地に立ったはずのマンションがない。他にもあったりなかったりする風景だ。
これは…、楽しかったころの記憶…、夢か…。
どうせ夢なら…。
そう考えた俺は、手元にあったゲームを始めた。
懐かしい競馬シミュレーションゲームだ。これで凱旋門賞馬を作るのが楽しかったな。
懐かしい。懐かしさに顔がにやける。
すると…
「ちょっと。もう2時よ?明日は学校でしょ。いい加減にしてもう寝なさい。」
母親が扉を開けて話しかけてきた。
髪が黒い。今の白髪かかった髪ではなく、すこし若返ったような…。
「これは夢だろ?」
「何をわけのわからないことを言っているの。早くやめて寝なさい。」
…なんだ?やけにリアルだ。
「学校って…。もうとっくに卒業したよ。もう一度学生ができるならやってみたいけどな。」
「あんた学生でしょ。学生は学校に行くもんでしょ。」
「…は?」
俺は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
何だこれは。夢ってのは、もっと俺の思い通りになる、都合のいいもんだろ。
「学校って…?もうかなり前に卒業したじゃないか…。」
「いつ中学校を卒業したの?訳の分からないことを言っていないで、早く寝なさい。」
そういって母親は寝室に帰っていった。
は?中学校?母親は何を言っているんだ?
俺はゲームの手を止めて、改めて部屋を見渡してみる。
よく見ると…
部屋のものが記憶と違う。
中学卒業の時に買った本棚がなく、高校に入った時に捨てた机がある。
これは一体…?
これは過去に戻った、走馬灯だろうか…?
その後、ひとしきりゲームをやった後、俺は襲ってきた睡魔に身を任せ、眠りについた。
そして…
朝がやって来た。同じ部屋で…。俺は恐る恐るテレビを付けてみた。
…昔、見ていた、朝の情報番組だ。
2008年6月18日水曜日、今日のニュースです。
今、確かに言った。2008年と…。確かに15年前の日付を…。