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第05話 ありのままの自分


 改めて琴音に詩葉のお世話係を任されたその日の放課後。

 新太はいつも通り日比谷家にお邪魔して、詩葉の面倒を見ていた。


 詩葉は学校に行っていない間にもきちんと勉強しているようで、その中でわからなかった部分を新太に解説してもらう。

 そして、明日までにここまで進めておくようにと新太に言われた単元までやる──これからはそんなサイクルで勉強することになるだろう。


 今日も勉強の時間が終わり、新太と詩葉は雑談に花を咲かせていたのだが────


「あ、あのっ……新太君……!」


「ど、どうした……そんなに改まって……?」


 詩葉は手近なクッションを自分の胸に抱き寄せる。

 そして、怖々と上目遣いで新太を見る。


「き、昨日は、その……突然泣いたりしてすみませんでしたっ!」


 ペコリと座ったまま深く頭を下げる詩葉。


 しかし、一体どんな話が飛んでくるのかと身構えていた新太はしばらくキョトンと固まってしまう。


「な、何だそんなことか……別にいいよ。それに、君を泣かせたのは俺だしな……」


「いえ……私、嬉しかったんですよ? ずっとみんなの求める『碓氷詩葉』を演じ続けないとって思ってて……でも、新太君は子役の『碓氷詩葉』じゃなくて、ちゃんと“私”を見てくれていたんだなって……」


 詩葉はそう言いながら、恥ずかしそうに──でもどこか嬉しそうに小さく笑って、それを隠すようにクッションで口許を隠す。


 新太はそんな詩葉を見て、満足そうに笑みを浮かべる。


「やっぱり、その笑顔の方が良いな」


「……あ、あんまりジッと見ないでください……」


「はは。ゴメンゴメン」


「でも、これからも……新太君には、ありのままの私を見ていて欲しいです……」


「任せろ。ずっと君を天体望遠鏡で見ててやる」


「もっと近くで見ててください!」


「なら、電子顕微鏡か?」


「ち、近すぎですっ!」


 もう! と、詩葉はクッションをボフッと新太に押し付けながら頬を膨らませる。

 そして、「それと……」と、詩葉は自分の横顔に垂れる亜麻色の髪を指で巻き取りながら、新太から視線を逃がすように斜め下に向ける。


「新太君、私のことをずっと君、君って……そろそろちゃんと名前で読んで欲しいんですけど……?」


「あぁ……んじゃ、詩葉ちゃん?」


「な、何か子供っぽいです!」


 新太は笑いながら「いや、子供じゃん!」とツッコミを入れるが、詩葉は「新太君と二つしか違いません!」と反論する。


 新太は一月生まれで同学年の中でも一年ほど若く、対する詩葉は四月生まれで、中学一年生だが同年代より一歳ほど年齢が上だ。


 確かに高校生から中学生を見てみると、子供のように感じてしまう。

 だが、年齢で考えてみると大した歳の差はない……それこそ、十歳差以上ある夫婦などもまったく珍しくないのだから、たった二歳違いなどほぼ誤差のようなものだ。


「私のことも……お姉ちゃんみたいに呼び捨てで呼んで欲しいです……」


「ま、まあ良いけど……詩葉?」


「うぇへへ……」


 詩葉は嬉しくて、トロンと顔を緩ませて笑みを溢す。

 新太はそんなに詩葉の姿を見て、大人扱いされて嬉しいんだろうなと、微笑ましく思っていた。


 そして、このあと、互いに連絡先を知らなかったということで、『リネ』のIDを交換するのだった────



 □■□■□■



「あっ!」


 はっと何かを思い出した詩葉は、急に立ち上がって「そうだった……」と声を漏らす。


「ん、どうした?」


「今日お手伝いさんがお休みなので、夕食がありませんでした……」


 確かに今日玄関で出迎えてくれたのはいつものお手伝いさんではなく詩葉だったと、新太は来たときのことを思い出す。


「作り置きとかしてくれてないのか?」


「……昼に全部食べちゃいました」


「え……」


 全部ということは、お手伝いさんはきちんと昼食の分と夕食の分を作り置きしていてくれたのだ。つまり、合わせればそれなりに量があると推測されるわけで…………


(詩葉の細い身体のどこに、そんなご飯が入るってんだよ……)


 新太は詩葉のお腹──厳密にはその中にあるであろう四次元胃袋を見ながら、心の中で呆れ半分驚嘆半分といった風に呟く。


「もしかしなくても、食いしん坊さんか?」


「っ……!? ち、違います! 作り置きの量が少なかったんです!」


「どれくらい?」


「ええっと……ご飯が三合──」


「──いや、もうその時点で常人は充分だから」


「まるで私が常人でないみたいに言わないでくださいっ!」


「少なくとも、常人はその量のご飯を詩葉が食べられるとは想像出来ないな」


「うぅ……」


 しゅんと肩を落とす詩葉。

 同時に、その細いお腹がぐぅ……と可愛く唸りを上げる。


 新太は「お腹は正直なようだな?」と言おうとしたが、詩葉が顔を真っ赤にして無言で睨んできていたので止めておく。


 だが、確かに今晩のご飯は抜きというのは酷な話だ。

 それが、食いしん坊の詩葉であればなおさらで…………


「詩葉、料理は出来るのか?」


「少しなら……」


「んじゃ、冷蔵庫に入ってるもんで作ろう。俺も手伝うからさ」


「い、いいんですかっ?」


「ま、お前のお世話係だからな」


 顔をぱぁっと明るくする詩葉。


(さて、腕の見せどころだな……)


 新太はニヤリと口角を上げるのだった────

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