第04話 元カノ
(いやぁ……昨日はマジで大変だった。特に、琴音の誤解を解くのに……)
四時間目の授業の終わり。
キーンコーンカーンコーンとチャイムがスピーカーから鳴る中で、新太は弁当の包みを取り出すため、鞄に手を突っ込みながらため息を吐く。
すると────
「さぁて、今日の俺の弁当の中身は何だろなぁ~?」
「昨日の夕食の残り物と予想!」
そんなことを言い合いながら、普段新太とよく過ごしている男友達二人がやって来る。
そして、いつもの流れで回りの空いている席を移動させ、机を囲むようにそれぞれの弁当を広げる。
「新太は何だと思う?」
「ん、そうだなぁ……」
妥当なところで言えば、やはり昨晩の残り物と、今朝作られた厚焼き卵といったところだろう──と、新太はオーソドックスな弁当の中身を想像しながら、鞄から自分の弁当を引っ張り出そうとする。
そのとき、教室の後ろの扉の先の廊下を琴音が歩いた。
チラリと目配せしてきたのを、長い付き合いの新太は見逃さない。
新太は鞄から弁当を取り出すのを止め、「あー」と後ろ頭をポリポリ書きながら友達に言う。
「悪い、今日弁当持ってくるの忘れたわ……」
「お、マジ?」
「それじゃ、僕らも一階の食堂に移動する~?」
「いや、二人とももう弁当開けちゃってるし別にいいよ」
新太はそう言いながら、机に掛けていた鞄を手に持ち、立ち上がる。
「でも、一人で食うの寂しくね?」
「フッ……それがカッコいいんだろうが。わからんのか?」
「「た、確かに……ッ!?」」
新太はニヒルに笑って、この場で二人を納得させる最も有効な台詞を口にしてから、颯爽と教室を後にした────
□■□■□■
「流石ね。あの目が合った一瞬で私の意図がわかったんだ」
「まぁな。愛の力ってやつ?」
「バーカ」
秋に入ってきたとはいえ、昼間は普通に暖かい。
ましてや、この屋上のように直射日光の当たる場所ではなおさらだ。
普通屋上への入り口は全て鍵が掛かっていて、立ち入ることは出来ない。
しかし、新太と琴音は、四階の端にある使用頻度の少ないトイレの窓から、少し危ないが屋上へ行けるルートがあることを知っている。
誰も知らないこの場所は、まだ二人が付き合っていた頃、一緒に昼食を取るのに愛用していた場所だ。
新太と琴音は並んで腰を下ろし、それぞれの弁当を開いて食べ始める。
もちろん、食べさせ合いっこなどはもうしない。それは、恋人同士がすることだ。
「んで、何か用件があったんじゃないのか?」
「何? 用件がないと一緒に食べちゃダメなの?」
「もちろんそんなことはないし、そのキュンとくる台詞は大歓迎だけど、琴音の顔に用件があるって書いてるぞ?」
琴音は横に置いていた鞄のポケットからスマホを取り出すと、電源をつけないまま顔の前に持ってきて、黒い画面に自分の顔を反射させて見る。
そこで「あ、ホントだ」と乗ってきてくれるのは、流石琴音だ、わかっている。
だが、こんなやり取りは新太としかしないだろう。
「……なんか、随分詩葉と仲良くなってるなと思ってね?」
「なぁ……その言葉にトゲを感じるのは気のせいか?」
「…………」
琴音は答えず、自分のお弁当に入っているトマトを食べる。
琴音は他人に優しく自分にとことん厳しい性格だ。
お弁当に年齢特有の可愛らしさはなく、栄養バランスが取れていて、少しヘルシーな感じのおかずだ。
「一応確認しとくが、昨日の誤解はちゃんと解けてんだよな?」
「そ、それは大丈夫。あのときは突然のことでちょっとパニックになっただけ……いくら詩葉が可愛いからって、出会って三日で新太が襲うとは思ってない」
「なあ、それって出会って何日以降で襲うかもと考えてんだ……?」
「…………」
琴音は答えず、豆腐ハンバーグを口に運び、咀嚼する。
飲み込むと、「まぁ、それは冗談としておいて……」と続ける。
「何であんな状況に……何で詩葉は泣いてたの?」
「本人は何て言ってた?」
「それが……聞いてもはぐらかされて……」
琴音は自分の髪の毛をクルクルと指で巻き取りながら、視線を伏せる。
「なら、俺からは話せないな。本人が言いたくないんだったら、それを俺の口から言うのは違うだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
琴音は新太に視線を向けるが、すぐに「そうね……」と諦めて弁当に視線を戻す。
新太はその当人のことを一番に考える──そのことは、琴音はよく知っている。
このまま頼み続けても、新太が折れることはないと確信を持っているのだ。
「ま、心配しなくていいぞ? 何と言えばいいかわからないけど……悪い状況じゃなかった。むしろ、詩葉にとっては良いこと? なんだと思う」
「……まあ、新太がそう言うならそうなのね」
琴音は納得して、食べ終わった弁当を片付ける。
同じくらいに新太も食べ終わり、鞄に仕舞い込む。
(でも……ちょっと妬けるかな……)
琴音は複雑な気持ちだった。
詩葉の面倒を見るよう頼んだのは自分だし、何より新太との関係を今の状態に持ち込んだのも自分自身だ。
次第に声優の仕事が増えてきて、レッスンにも力を入れないといけなくなり、私生活に割ける時間が少なくなった。
そんな状態で、果たして新太の彼女を続けていても良いのだろうか。いや、良くない。
そんな自分に新太を縛り付けるくらいなら、新太には別の娘と幸せになってもらいたい。
そんな思いから数ヵ月前に別れを告げた琴音。
でも────
(やっぱり私、まだ新太のことを……)
そこまで思って、心の中とはいえ言ってはダメだと琴音は首を振る。
それが、別れを告げた自分の責任。
「琴音?」
「ううん、何でもない。ほら、先に戻って? 一緒に帰ったらマズイでしょ?」
「お、おう……」
「これからも、詩葉のことよろしくね?」
「ん、任せろ」
新太はそう短く、ハッキリ答えて、この場を後にした。
そんな新太の背中を、少し寂しそうな瞳で見詰める琴音。
そして、しばらく透き通った青空を仰ぎ見てから、琴音も屋上を出るのだった────