第18話 勝敗の行方とキスの味
ベッドに倒れ込んでいた新太と詩葉は今、向かい合うように床に座り込んでいた。
一体何をされるのだろうかと身構える新太。
詩葉はそんな様子の新太をジッと見詰めて、微かに頬を赤らめている。
「そ、そんなに緊張しないでください……こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないですか……っ!」
「いや、理性を崩しにくる奴を前にして、緊張しない方がおかしいだろ!?」
互いに互いの顔を直視出来ない状況。
まだ何もされていないというのに、新太は早くも疲れていた。
このゲーム、新太から詩葉に触れることは禁止──それは、新太の理性が崩れたということで、新太の負けになってしまうからだ。
「あ、新太君が何を想像しているか知りませんけど、そんな過激なことはしないですから……」
視線を逃がして、横の髪をクルクルと指で弄びながら呟く詩葉。
「んじゃ、具体的に何すんの?」
「そうですね……なら、テレビを見ましょう!」
「良いけど、この時間特に面白い番組やってない……いや、そういえば『エリート転生』の最新話録画したままで、まだ見てなかったわ」
エリート転生──今季の二クール制アニメで、日本でエリート街道まっしぐらだった男性が、ある日トラックにはねられ死亡し、転生した異世界で悠々自適なスローライフを送るといった感じのファンタジーアニメだ。
「ああ! 私もまだ見てません!」
「お、ならちょうど良いな。エリ転見るか」
そう言って新太はテレビの録画画面を開き、エリート転生を選択。数秒のCMが流れてから、早速本編が始まる。
そして、どうせ隣に並んで見ているときに、何か仕掛けてくるんだろうなと考えていた新太。
しかし、その予想は根本から違っていた。
「えっと、新太君……脚の間に座って良いですか……?」
「なるほど、そうきたか……」
「えへへ……」
今はゲーム中。
ここで新太が断ってしまえば、このゲーム自体成立しないため、仕方なく新太は脚の間にスペースを作る。
すると、詩葉はその間に腰を下ろし、体重を新太の身体に預ける。
(こ、これはなかなかに……)
詩葉の体温がありありと伝わってくる。そして、一体どんなシャンプーを使っているのか、髪の毛からはほんのりと甘い匂いが香り立ち、新太の鼻腔をくすぐる。
「大丈夫ですか、新太君? 背中越しに、新太君の鼓動が速くなってるのを感じますよ?」
「ま、まぁ、流石に鼓動の速さまではコントロール出来ないからな……だが、問題ない……」
この程度では理性は崩れたりしない──新太は若干ひきつってはいるものの、何とか微笑を湛えてみせる。
(ただ、アニメの内容がまったく頭に入ってこない……あとで見返そう……)
このあと約三十分間、新太はただ無心になるように心掛けた────
□■□■□■
「この状況で、後ろから抱き付いてこなかったのは、流石つよつよの理性ですね!」
エリート転生を見終わった二人。
詩葉が新太の脚の間のスペースに座ったまま振り向き、「抱いても良いんですよ?」と言わんばかりの甘い視線を向ける。
正直なところ新太の心臓はフルスロットルだ。
しかし、ゲームはまだ始まったばかり。ここで音を上げていては、先に待ち受けるであろう詩葉からの攻撃に耐えられるはずもない。
「言っただろ? このゲーム、俺の勝ちは見えてるんだよ」
「それは……どうでしょうか……?」
「ちょっ……そういうのアリかっ……!?」
詩葉はそっと新太の身体にしなだれ掛かる。
胸に横顔と手をつけ、身体を密着させた。
(多分、私が演技でもっと可愛らしくすれば……新太君は落ちるかもしれません。でも……)
それでは意味がないのだと、詩葉は恥ずかしいながらも新太の瞳を真っ直ぐと覗き見る。
(演技じゃない私に、ありのままの私に恋して欲しい……!)
「う、詩葉っ……!?」
「新太君から見たら、私はまだ子供で、世話をする相手にしか思えないかもしれませんが……」
詩葉はこの先を言おうか言うまいか一瞬迷う。
しかし、もう新太の鈍感さは知っている。言わなければ伝わらないと覚悟を決め────
「私も、女の子なんですよ……?」
「──ッ!?」
詩葉の顔は既に真っ赤だが、新太も負けず劣らず紅潮している。
「子役としての『碓氷詩葉』ではなくて、ありのままの碓氷詩葉を見てくれた人。美味しいご飯を作ってくれたときもありましたし、いつもわかりやすく勉強を教えてくれます。一緒にいると、楽しくて、温かくて……もう、充分なんですよ? 私が新太君を好きになる理由は」
「そ、それは……げ、ゲームだからだよな? ゲームだからそういう台詞を言って……俺の理性をっ……」
新太は見上げてくる詩葉の視線から逃れるように顔を背ける。
そんな新太に、一瞬むぅと頬を膨らました詩葉だったが、ここまで言わせておいて知らんぷりをされるのは我慢ならないと、逸らされた新太の横顔に手を当て、自分と真っ直ぐ向かい合わせる。
そして────
「っ……!?」
新太は一瞬何をされているのかわからなかった。
自分の唇に優しく押し当てられた、柔らかで温かい弾力──それをキスだと認識するのに、若干の時間を要する。
唇を離してもなお惚けている新太を見て、小さく笑みを溢す詩葉。
「私に恋を教えてくれて、ありがとうございます。新太君」
「……えっと、俺、今……何を……」
「どうしたんですか? そんなに私のファーストキスは衝撃的でしたか?」
「なっ……き、キス……ッ!? そ、そうだ詩葉お前っ……な、なんてことを……こういうのはもうちょっと考えてからだなっ……!?」
「充分考えましたから! 考えた結果、私は、新太君にキスしたいって……思ったんです……」
言いながら恥ずかしくなってくる詩葉。
しかし、心地の良い恥ずかしさをもっと感じていたくて────
「えいっ……!」
「ちょおい!?」
思い切り体重を乗せ、新太を床に倒す詩葉。
ベッドの上のときとは文字通り立場が逆転していた。
「新太君……先に、私の理性が……」
「──ッ!?」
再び詩葉が新太の唇を奪う。
今度は長い──何度かついばむように唇を重ね合わせ、身体の芯から熱っぽくなっていくのを感じる。
そして、また一度呼吸を整えるために詩葉が唇を離そうとしたとき、新太が詩葉の腰に腕を回した。
「んっ……!?」
詩葉の初めて知ったキスの味。
三度目のキスは、一際恥ずかしくて、熱くて、深い────
「っ……あ、新太君……!? げ、ゲームでは新太君から私に攻撃するのはダメって……!」
「……んじゃ、俺の負けかな……?」
あはは、と新太は仰向けに倒されたまま照れ臭そうに笑う。
「我慢……出来なかったんですか……?」
「ああ、そうだな」
「……もう」
詩葉は自身の唇に手を当てる。
新太を半目で見る詩葉は、無言のままに「ここまでするつもりじゃなかったのに……」と語っていた。
「今は、六時過ぎ……確か、新太君のお姉さんが帰ってくるのは八時くらいでしたよね……?」
「うん」
二人は口に出さずとも、時間はまだあると伝え合っていた。
「新太君って、その……お姉ちゃんと付き合ってたとき、どんなことをしてましたか……?」
「……知りたいか?」
「……はい。詳しく、教えて欲しいです……」
詩葉の熱を帯びた甘えるような視線に、新太はしっかりと応えるのだった────




