第18話 詩葉の訪問
昨晩のこと────
「ん、詩葉からか……?」
お風呂から出て、ベッドに潜りながらスマホゲームを嗜んでいた新太。
そんなとき、リメにメッセージが送られてくる。
『明日、新太君の家に行ってみたいです!』
「……ふむ、急にどうしたんだ?」
最近詩葉との距離がどんどん近くなってきているような感じはしていた新太。
文化祭でも突然腕を組んできたり、今日はメイドコスプレで膝枕までしてくれた。そして、家に来たい…………
「ま、いっか」
仲良くなるのは良いことだ──新太は特に深く詮索することもなく、了承の意思をメッセージで伝えたのだった────
□■□■□■
「ここが俺の部屋だぞ」
ガチャリ、と新太が二階の部屋の扉を開ける。
約束通り、学校帰りに待ち合わせをして、新太は詩葉を連れて帰宅した。
両親は仕事で、姉の絵梨は友達と出掛けている。
特に絵梨が不在なのはありがたいことで、もし家に新太と詩葉が二人っきりの状況を見たなら、間違いなくからかってくるに違いないのだ。
「スッキリとした部屋ですね! とっても綺麗です!」
変装用のキャスケット帽子と赤いフレームのメガネを取った詩葉が、目を輝かせて新太の部屋を見渡す。
(そりゃ、昨日頑張って掃除したからな……)
自分の部屋に人を呼ぶ──ましてやそれが女子ならば、いつも以上に気を遣うというものだ。
元々新太の部屋は散らかってはいなかったが、念のため昨晩に見付かってはいけないものがないかを確認しておいたのだ。
「それにしても、何で突然俺の家に来たいって思ったんだ?」
「と、特に深い意味はないですよ?」
「なぜに疑問形……?」
「あはは……えっと、やっぱり迷惑でしたか……?」
「いやいや、そんなことはないぞ?」
「それなら良かったです!」
安心したように笑った詩葉は、新太のベッドにちょこんと座る。
(改めてこう見ると……部屋に一人女子がいるだけで今までとまったく違う空間に感じられるな……)
学校の荷物を置き、制服のブレザーを脱いだ新太は、横目に詩葉を確認しながらそんなことを思う。
「それにしても、新太君……なかなか可愛らしいぬいぐるみを持ってるんですね?」
「あっ……」
すっかり忘れてしまっていた新太。
別に見付かってはいけないものではないが、見付かると少し恥ずかしいものだ。
詩葉はベッドの片隅に置かれていた大きなイルカのぬいぐるみを手に取ると、その感触を確かめる。
「もちもちで、ふわふわですね~」
「ちょ……」
ぬいぐるみをギュッと胸に抱き、頬に触れさせる詩葉。
そのイルカのぬいぐるみは、寝るときに新太がいつも抱き枕代わりにしているものなので、それを詩葉に抱かれると、新太は無性に恥ずかしくなってしまう。
「えへへ……新太君の匂いがします……」
「俺、そんな体臭キツかったか!?」
「もう、そうじゃないですよ。新太君の匂いは落ち着くんです」
「な、なぁ……流石にそろそろ恥ずかしいんだが……」
新太は詩葉からぬいぐるみを取ろうと手を伸ばす。
しかし、詩葉はぬいぐるみを抱き締めたままひょいっと身体を捻り、新太の手から逃れる。
「私、このイルカの感触がとても気に入ったので、もう少し触らせてください」
「そのイルカの虜になるのはしょうがないことだが、そいつも嫌がってるだろ?」
「いえ! このイルカは私に抱かれて幸せそうにしています!」
正直、詩葉がぬいぐるみを抱いているというこの様子は非常に絵になるのだが、万が一ぬいぐるみに詩葉の匂いが付いたりしたものなら、今晩新太は寝付けなくなってしまうだろう。
「そりゃぁ!」
「だ、ダメですっ!」
ベッドの奥の方へと下がっていく詩葉。
それを追い掛けるように新太がベッドに片膝を乗せ、イルカのぬいぐるみを手に掴む。
両者の引っ張り合いが行われていた。
そして────
「え、えぇえい!」
「うぉ──ッ!?」
詩葉が急に力一杯ぬいぐるみを引っ張ったため、不安定な体勢だった新太は身体の均衡を保てなくなり、前のめりにベッドに倒れる。
「お、お前なぁ……って……」
「っ……!?」
新太が両の瞳を開けてみると、目の前──自分の身体の下に、ぬいぐるみを抱き寄せた状態のまま仰向けに倒れている詩葉の姿があった。
「わ、悪いッ!」
新太は咄嗟にベッドから下りようとするが、キュッと服の裾を掴まれてその場に留められる。
「わ、私……今、凄くドキドキしてます……」
「──ッ!?」
それはどういう意味で言っているのだろうか。
引っ張り合いで心拍数が上がったのか、押し倒されて怖かったのか──いや、そんな理由でないことは、流石の新太も本能的に理解していた。
なぜなら、自分も今詩葉に負けず劣らず心臓が高鳴っているのだから。
しかし、新太はそんな恥ずかしさを紛らせるために、おどけたように笑ってみせた。
「ま、まったく! 詩葉も不用心すぎるんだぞ? ただでさえ家に誰もいないってのに、男のベッドに上がるなんて。理性つよつよな俺じゃなかったら、大変だったぞ……」
「……新太君以外の人の家に行かないので、大丈夫ですよ?」
「そ、そういう問題じゃなくてだな……俺も一応男やってるんですけど……」
「理性つよつよの?」
「おう……」
「新太君の理性って……どこまでなら耐えられるんですか?」
ぬいぐるみを抱き寄せる詩葉の手に僅かに力が入る。
「そ、そりゃぁ……ちょっとやそっとのことでは負けないぞ、多分」
視線を逸らす新太を、真っ直ぐ見詰める詩葉。
しばらくの沈黙を置いて、詩葉が口を開いた。
「ご両親はいつ帰ってくるんですか?」
「……夜までは帰らないな」
「お姉さんは?」
「多分、八時くらい?」
「……なら、時間は充分にあるということですね?」
詩葉はそっと片手を新太の横顔に添える。
「新太君、一つゲームをしませんか?」
「……ゲーム?」
「はい。ルールは簡単です。私が新太君の理性を崩せば私の勝ち。新太君が最後まで理性を保てていられたら、新太君の勝ちです」
「な、何という鬼畜なゲーム……!?」
「勝ったら、相手に一つどんなお願いも出来る……というので、どうですか?」
「その景品は魅力的だが……このゲーム、お前が勝ったら俺の理性が崩れてるってことだよな……? ダメじゃん」
すると、詩葉は顔の下半分のところまでイルカを持ってきて、顔を背ける。
真っ赤に染まり上がった頬と耳が良く見える。
「私は別に……それでも良いです……」
「良くないからッ!?」
なぜ急にこんなことを言い出したのかさっぱりな新太。
しかし、新太には詩葉にどんなことをされても理性を保っていられる自信があった。
これまでも何度かドキドキさせられることはあったが、新太は詩葉を一人の異性としてはまだ見ていない。
自分はあくまで詩葉の世話係り──それが新太の認識だ。
なら、理性が崩される心配がないことを前提にこのゲームを考えれば、新太の勝ちは確定的。
正直お願いしたいことをパッとは思い付かないが、詩葉に何でも言うことを聞かせられるという権利を持っておくのは悪くない。
「ま、まぁ良いぞ? その勝負、受けて立とうじゃないか」
「じ、自分から言い出しておいてなんですが……新太君が受けてくれるとは思いませんでした……」
「いやぁ、最初は断ろうと思ったが……ま、俺は俺の理性に自信があるからな! 万一にも負けはあり得ない」
それを挑発と受け取った詩葉は、クスリと悪戯っぽい笑みを浮かべて、新太を見詰めた。
「なら、億が一の勝利を掴みとってみせます」
 




