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第16話 募る想い


 文化祭が幕を閉じ、早くも数日が経っていた────


 生徒はまだどこか心の中に文化祭の余韻を残しつつも、時間の流れによって、強制的にいつも通りの学校生活へと戻されている。


 そして、それは新太も同様。

 学校の授業が終われば、いつも通り詩葉のお世話係として、日比谷家へと向かう。


 自分が学校に行っている間に、詩葉には指示した勉強を進めておいてもらい、その中でわからなかったところを説明する──そんな、もうお決まりの手順で、今日も滞りなく勉強を終えた新太と詩葉。


 もうすっかり冬っぽさが漂うこの季節だ。

 窓の外を見てみれば、既に日が沈んでしまっている。


「暗くなりましたが……新太君は、もう帰ってしまいますか……?」


「え、えっと……」


 まるで捨てられた子犬のような瞳を、新太に上目遣いで向ける詩葉。

 そして、新太にはそんな視線を受けておいて「はい帰ります」と言えるような度胸はなかった。


「そ、外寒いし、もうちょっとここで暖まっていこうかな……?」


「ほ、ほんとですかっ!?」


「ああ」


 パァと、嬉しそうに明るい笑顔を見せる詩葉。


「じゃ、じゃあ私! 少し見てもらいたい……と言うか、したい……と言うか……そういうことがあるんですけど……」


「何だ?」


「ちょ、ちょっと待っててください? えっと……クローゼットに籠りますが……決して開けてはなりませんよ?」


「鶴の恩返しか!?」


「み、見ちゃダメですって!」


「わ、わかってるって……あはは……」


「もう……」


 最後に視線で「本当に覗かないでくださいね?」と念を押した詩葉は、部屋のクローゼットに入り、内側から扉を閉める。


(着替えるのか……?)


 人が一人入って着替えられるクローゼットということで、それなりの広さがあるのだろうと想像する新太。

 若干気にはなるが、詩葉がその中で着替えていようといなかろうと、女子のクローゼットを確認するようなことは出来ない。


 ただ、静閑とした部屋に詩葉がクローゼット内で鳴らす衣擦れの音が響き、新太は少し悶々とさせられるのだった。


 しばらくして────


 ガチャリ、と開いたクローゼットの中から、なんとメイド詩葉が恥ずかしそうに姿を現した。


 頭には白いレースの付いたカチューシャ。黒を基調とした長袖ロングスカートのクラシカルスタイル。そして、上から白エプロン……と、露出はないものの、腰はキュッと引き締まっていて、詩葉の細いボディーラインがハッキリと現れている。


 そんな詩葉に思わず見惚れてしまっていた新太に、詩葉が横の髪をクルクルと指で巻き取りながら呟く。


「見詰めてないで……何か言葉が欲しいです……」


「あ、ああ! えっと、めっちゃ似合ってて可愛いんだが……なぜメイド?」


「……だって、新太君が文化祭でメイド姿のお姉ちゃんに鼻の下を伸ばしていたので……」


「鼻の下は伸ばしてない!」


「で、でも見惚れてたじゃないですか!」


「じゃあ聞くが、あの姿を見て見惚れない男子がいると思うか?」


「い、いない……と思います……でも! 新太君はダメです!」


「えぇ!? な、なぜ……」


「な、なんか……お姉ちゃんに取られた気がします……」


「え、何て?」


 詩葉の声がか細くなり、上手く聞き取れなかった新太は、耳に手を当てて聞き返す。

 しかし、詩葉は赤面して頭をブンブン横に振ると、話題を前に進める。


「そ、そんなことより! 今の私はメイドさんなので、何か新太君にしてあげたいです……」


 詩葉はギュッとスカートを握り締めながら、床に座る新太の前に腰を下ろす。


「えっと……何してくれるの?」


「そ、そうですね……」


 詩葉は顎に手を当ててしばらく考え込むが、なぜか徐々に顔が真っ赤に紅潮していき、手元にあったクッションを取り、新太に投げ付ける。


「あ、新太君はやっぱりエッチですッ!」


「──痛っ! な、何を考えたか知らんが、そういう思考に至るお前の方がエッチだろ!?」


「お、おおお女の子にエッチとか言う方がエッチなんです!」


「理不尽極まりないなおい!?」


 ポコスカと力のないパンチを何度も新太に繰り出す詩葉。


「でも、して欲しいことって言われてもな……パッと思い付かないんだよな……」


「新太君は無欲なんですね? でも、そうなると私はどうすれば……」


「そうだなぁ……ふわぁ……って、この部屋暖かいから眠くなってくるな……」


 新太は何をしてもらおうかと考えながらも、徐々にのし掛かってくる睡魔に思考が鈍ってくる。

 すると、それを見た詩葉が「そうだ!」と手を合わせる。


「新太君! どうぞ私の膝を使ってください!」


「膝を使う、とは……?」


「もう、相変わらず鈍いですね……膝枕ですよ!」


「え……えぇッ!?」


 新太はまだ返事をしていないが、既にやることが決定しているかのように、詩葉はスカートのシワを伸ばして正座する。

 そして、ポンポンと自身の脚を叩いてみせる。


「い、いやいや詩葉さんや。流石に恥ずかしいと言いますか……」


「何ですか? 私の膝では寝れないって言うんですか?」


 むぅ、と不満げに頬を膨らませ、ジッと睨んでくる詩葉の圧力に、新太は黙り込まされる。


「わ、わかったよ……んじゃ、お言葉に甘えて少し寝かせてもらおうかな……?」


「えっへへ~」


(何でこんなに嬉しそうなんだよ……?)


 正直詩葉がなぜこんなことをしたがるのかまったく理解出来ない新太であったが、詩葉が喜ぶ顔を見るのは嫌いじゃない。


 新太は詩葉の傍に寄っていき、仰向けになると、ゆっくりとその頭を詩葉の脚に乗せる。


(お、おぉ……高さと弾力がちょうど良い……)


 思ったより快適だったので、少し驚く新太。

 視界には、いつもとは大きく異なるアングルの詩葉の顔が映っていた。


「重くないか?」


「全然平気です! どうですか、寝心地は?」


「めっちゃ良い感じ……」


「それは良かったです。このまま寝てしまっても構いませんよ?」


「いやいや……って言いたいところなんだけど、快適すぎて……」


 徐々に重たくなっていく目蓋。

 新太はゆっくりと、ゆっくりとその視界を狭めていき、最後に詩葉の顔を映して、完全に意識が沈んでいった。


 しばらくすると、新太の寝息が聞こえてくる。


 詩葉はそんな新太の寝顔をクスクスと笑いながら見ていたが、次第に自身の胸がうるさくなっていくのがわかる。


「新太君……?」


「すぅ……すぅ……」


 返事はない。


 詩葉は、新太が完全に寝てしまっていることを確認すると、新太の顔を覗き込むように徐々に自分の顔を近付けていく。


「お、お休みのキスは……健全です……!」


 真っ赤に染まった詩葉の顔。

 熱を帯びたその唇が、新太の額に優しく押し当てられたのだった────

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